3.「引き算」の魅力を伝える

二宮孝 インタビュー

二宮音楽事務所のブログ。「ポップスアカペラの歴史」が綴られている
二宮音楽事務所のブログ。「ポップスアカペラの歴史」が綴られている

 

――かつては「オタクの音楽」だったアカペラが、テレビ番組の影響で人気に…。需要のされ方の変化を、ずっと肌身で感じていらっしゃったことがよくわかります。ボイスパーカッションの導入による変化についてはどのようにお考えでしょうか。

 

二宮:ボイスパーカッションによって、アカペラの可能性は100倍広がりました。ただし、ボイスパーカッションは使い方によって毒にも薬にもなるものだと思っています。

 前提として、アカペラは「楽器とはまったく異なる表現手段」だと思っています。しかしボイスパーカッションが入ることで「楽器へと近づこう」という力学が生まれます。そうなると「じゃあやっぱり楽器でいいんじゃないか」というジレンマに陥ってしまう。楽器では真似ができない、声でしかできない表現を追求するのが、やっぱりアカペラの魅力だと思います。

 

 技術論的には、ボイスパーカッションにリズムやグルーヴを依存しすぎないことも大切です。アカペラは音数が少ない分、ひとりひとりの重要度が高く、コーラスの一人ひとりにもグルーヴがないと成り立ちません。ボイパもベースも抜けて何度か練習するだけで、リズムが揃ってくることは往々にしてあります。そしてコーラスが生み出すグルーヴから、ベースやボイパが何かを発見するということも多いのです。「メンバーが揃わないと練習ができない」ということをよく聴きますが、誰かが欠けた練習こそが、発見のチャンスです。

 

 アカペラは引き算の発想に根付いています。楽器から必要最低限の音のみを残して、音楽として成立させることに魅力があります。他方で現在は「足していこう」という動きがあります。どちらがいい、悪いという話ではありません。ただ、せっかく引き算の発想が文化として積み上がっているので、うまく踏襲することは大切だと思います。

 「文化を残そう」という思いから、昨年からブログで、アカペラの歴史をすこしずつ文章にまとめ始めています。アカペラが積み重ねのうえで成立していったことを、伝えていきたいと思います。

 

――歴史の中で培われた価値観を引き継ごうというお気持ちが伝わってきます。アカペラ文化の普及のために、二宮さんは社会人サークルA-radioの運営にも尽力されていますね。「社会人サークルは未婚の20代前半が活躍する場」というイメージがぼくのなかにありますが、A-radioは長年続けている方が多い印象です。

 

二宮:おっしゃるとおり、A-radioは幅広い世代が活躍中です。このサークルのポリシーは、大学時代にアカペラを経験したことない人でも楽しめることです。めちゃくちゃ上手いというグループはまだありませんが、聴くに堪えないというグループはひとつもありません。ハモるのが難しいのは、正解の音を体験したことがないからだと思います。ハモったときの音がわかりさえすれば、壁を超えることができる。そのあたりのアドバイスに注力しています。

 もうひとつの自慢は、カップルが多いことですね。「アカペラを通じて、互いが惹かれ合えるようなサークルは素敵だ」と言い続けてきたら、10組以上が結婚しました。サークル内で付き合うことによって和を乱すこともない。みんな大人ですね。

 

 長年続けて、いろんな経験をすることによって、見えてくることはたくさんあると思います。たとえばぼくはお伝えしている通り、クラシック公演のマネジメントを行ってきました。だからアカペラコーラスにおける「フー」という発音はフルートから来ているだとか、「ルー」はヴァイオリンだといったイメージができます。ぼくたち年長者は、このように、他のジャンルとのつながりを紹介することがひとつの役目だと思います。

 

 昨年から二宮音楽事務所の活動も、YouTubeでの配信に移行しました。かつては「音楽は生だよ」と思っていましたが、興味のない人へ届く可能性が広がったという意味で肯定的に捉えています。これまで関わってこなかった層にアプローチすること。それはアカペラの課題ですし、可能性でもあると思っています。