――まずホットな話題として、三浦さんがサウンドディレクターを担当した神園さやかさんのアルバム『You're the One』が、7月31日に発売されました。制作にあたり、どのような思いを込めましたか。
三浦:人気と実力を兼ね備え、たくさんの素晴らしい楽曲を生み出してきた神園さんの20周年記念アルバムの制作に携われたことを、とても光栄に思います。サウンドディレクターとしてさまざまなこだわりを込めましたが、今回は「ボイパ専門メディア」でのインタビューなので、特に、ドラムとパーカッションに話題を絞ってお話したいと思います。
このアルバムでは、ドラムとボイスパーカッション(ボイパ)が共存している楽曲が複数あります。メインのドラムを支える多種のパーカッションの一つとしてボイパが入っている曲もあれば、メインの打楽器パートをボイパが担っている楽曲もあります。また、パーカッションのカホンとボイパの音をレイヤーし(重ね)て音作りをしているものもあります。
ボイパは日本で普及してから20年以上経ちますが、いまだに「アカペラ楽曲で使われるもの」というイメージから脱却できていません。そして、アカペラ以外の場面では「飛び道具」のように扱われがちです。
本作では、ボイパをとてもポジティブに捉え、楽曲の中でナチュラルに登場させています。ボイパが当たり前のようにサウンド中にある。その面白さを楽しんでいただければと思います。
もちろん、神園さんのすばらしい歌声に特に耳を傾けてほしいとの気持ちが大前提にあります。ぼくの考えるボイパの理想は「主役を引き立てる」ことだからです。
ーー「ボイパで主役を引き立てる」という考え方について、詳しくお聞かせください。
三浦:ぼくが考えるボイパの最大の強みとは、打楽器と比べて、よりフレキシブルな表現ができる点です。
例えば、聴こえるか聴こえないかの音量で「スー」と息を吸う。それはドラムセットのシンバルにもハイハットにも分類できない、ある意味でノイズのような「中途半端な音」です。しかし、的確なタイミングで鳴らせば、ボーカリストの歌の魅力を、十二分に引き立たせる効果を発揮します。音量の下限に制約があるドラムセットや、音色の種類に制約があるカホンなどにはない「ボイパならではの表現」と言えるでしょう。ぼくがボイパにこだわる理由は、まさにここです。
三浦:ボイパの強みはそれだけではありません。例えば、シンプルに「場所を取らない」ことはドラムセットと比べて優位な点です。
十数人の観客で満員になるような小さめのライブハウスでは、ドラムセットを設置できないケースがあります。ボイパであれば、そのような場所でもマイク一つでドラムサウンドを再現できます。ドラムセットほど大音量じゃない点も魅力のようで、ありがたいことに多くのボーカリストやミュージシャンから、主にバックバンドの一員として演奏の機会をいただいています。
ーー三浦さんはボイパ奏者としては珍しく、キャリアのほとんどが楽器との共演であり、バックバンドとしてのパフォーマンスですね。楽器と一緒に演奏する際に気をつけているのは、どんなところでしょう。
三浦:まず重要なのは、サウンド全体を意識して自分の音を作っていくことです。その点はアカペラ演奏の時と変わりませんが、強いていうなら、キックドラムの重心をより低い音域に持っていく傾向はあるかもしれません。
キックドラムのピッチや長さなども、他の楽器の構成やバランス、会場の音の環境によって大きく変わってきます。シンプルに思える小編成の場合でも、ピアノがグランドピアノか電子ピアノなのか、アコギがいるかいないかといった条件で、音は変わっていきます。
スネアドラムは、アタック音、箱鳴り(響き)、スナッピー(太鼓の裏の金属線)の3つをチューニングし、他の楽器を邪魔せず、かつ存在感が出る帯域を狙って音を作っていきます。
ここで、ヒューマンビートボックスのようなソロパフォーマンスで映える音色を選ぶと、音程感が出すぎたり、ボイパだけが近い距離にあるように聴こえてしまい、ほかの楽器の良さを損なうこともあります。だからといって、単純に"控えめに”という発想で演奏をすると、楽器に飲み込まれて”音が仕事をしない” なんてことになってしまうこともあります。
チューニングは主に口の形や息のスピードで調整します。唇のハリと口の中の広さ、そして声帯の位置などを少しずつずらしていくだけでも音は変わっていきます。マイクの位置も重要で、例えばぼくの場合、マイクに息が多く乗ると不要な中域や高域が持ち上がってしまうため、マイクの向きを左右にずらすなどして収音部に直接当たらないようにします。
逆に、ボイパのソロパートの時は、マイクを正面に据え、ブレスと”声の成分”をしっかりと乗せて中域を強調すると、ボーカルのような存在感が出て「主役の音」になるイメージでしょうか。
もちろん、会場によって音の鳴り方は千差万別なので、スピーカーからの出音を聴き、アンサンブル全体の中での自分の立ち位置を常にイメージして演奏をします。
ボイパの演奏で特に注意すべきなのは、"ボイパを特別視しないこと"です。
例えば、必要があると判断をすれば、カホンなどのパーカッションを併用することもありです。自分自身をシンプルに”楽器”そして”演奏者”として扱えるようになると、必要な音が自然と浮き彫りになってきます。音響さんとの連携においても、まず基本的なイメージのすり合わせさえしておけば、あとは一般的なドラムやパーカッションと同じです。
「ボイパはアカペラの1パート」という前提で考えると、楽器と一緒に演奏することが特別なことに感じるかもしれません。しかし実際は、ボイパもあくまで楽器の一つでしかなく、アンサンブルの中で考えるべきことはほかの楽器と大きくは変わりません。
むしろ、声のみで成立させなければならないアカペラの方が、特別に意識することが多いようにも思います。
ーー三浦さんが掲げる「優しい演奏」の背景に、技術的な裏打ちと徹底したこだわりがあることが伝わってきます。いわゆるコンテンポラリーアカペラ(5~6人が1パートずつを担う演奏)でボイパをする際の注意点についても教えて下さい。
三浦:アカペラという演奏形態の中でボイパをするのは、じつは非常に難易度が高いです。ボーカル、コーラス、ベースのすべてのパートが声で演奏されるため、すべてのパートの音が中域の似たような音域に固まることになります。
そこでボイスパーカッションが高域、低域に大きく音域を振り切った演奏をすると、音がまとまらなくなってしまいます。もしピンとこないという方は、「アカペラ+ドラムセット」の組み合わせを考えてみれば、生演奏が成立しにくそうだということが想像できると思います。これと似た理屈です。
思い返してみますと、ぼくは楽器と一緒に演奏するときは、キックは80ヘルツあたりの低い帯域にピークを持っていくことが多いのですが、アカペラの場合はそれよりも高めの125~250ヘルツあたりに「太さ」を持たせるイメージで音作りをする傾向にあるように思います。
アカペラのベースパートの演奏者は、楽器と比べると、声が含む低い成分は控えめです。その音の成分と乖離することなく一体になり、なおかつ少し低めのピッチで、全体の中で一番低い音をキックが担えるよう意識します。
もちろん、しっかりとベースの低音が響き、コーラスが綺麗にハモって高音域まで倍音が鳴り、それに負けない豊かな声を持つボーカルがいれば、ボイパがしっかりと広い音域でサウンドさせることですばらしいアカペラが完成します。しかし、それは個々のメンバーの力量によるところが大きく、実現はなかなか難しい。ボイパ奏者は全体のサウンドをとらえる耳を持ち、グループに必要な音を出す努力をすることが必要だと思います。
「楽器を使わない声だけの魅力」という強みがあるアカペラにおいて、楽器的な音を出すボイパの存在は非常に特殊なのは確かです。だからこそ繊細に全体をデザインし、特に狙いがある場合以外では「ボイパを聴かせる演奏」にならないよう意識することも大切です。
ボイパはフレキシブルな表現ができ、主役を引き立てる楽器的特性がある。しかし、フレキシブルすぎるがゆえに、音色の調整が難しい。とても深い技術だと思います。