日本において「ものまね番組ブーム」が絶頂を迎えていた1980年代後半。乗り物や家電製品、動物の鳴き声など、100種類以上もの音を口だけで表現し、人気を博したパフォーマーがいる。かれはその貪欲ともいえる模倣への情熱で、のちに「ボイスパーカッション」「ヒューマンビートボックス」などと呼ばれる技術をいち早く習得。そして1990年代には、アカペラファンの間で“伝説”と語り継がれるふたつのグループ「ヤナギヤクインテット」「Vocal 7th Beat」で活躍した。
Mr.No1se(ミスター・ノイズ)。その名の由来である「No.1(ナンバーワン)のSE(効果音)」にふさわしい実力と経歴を持つ、日本を代表するボイスパフォーマーである。名古屋を拠点として1982年に活動開始し、まもなく40周年を迎える。
今回の記事は、その生きざまに迫ったインタビューだ。声帯模写をはじめた理由、「石黒ツトム」としてものまね番組に出場した経緯、ボイスパーカッションに出会ったきっかけ、手本がない状態での試行錯誤、そして模倣の魅力…。そのひとつひとつが、「日本におけるボイスパーカッションの黎明」を知る上で、欠かすことのできない貴重なエピソードとなっている。
インタビューの最後で、Mr.No1seは今後の展望を語ってくれた。先駆者が示すその将来像は、ボイスパーカッショニストはもちろん、厳しいコロナ禍の世界を生きる、すべてのパフォーマーに希望を与えてくれるような力強さをまとっていた。
インタビュー:2021年4月