3.人をつなぐボイパの「柔軟さ」

奥村政佳インタビュー

――ボイパの特性や可能性についてさらに議論を深めていきたいです。奥村さんといえば、「有声音スネア」…つまり、声を発しながら息を歯に当てることで鳴らす独特の音色が特徴的ですね。あの音色はそもそもどのように開発したのですか。

 

奥村:ぼくは最初、アカペラグループRockapella(ロッカペラ)のボイパ・Jeff Thacher(ジェフ・タッチャ―、※5)のコピーからはじめました。1995年の「Primer」というアルバムを聴き込んで真似していました。

 

 かれのボイパは、「タッ」「ハァー」など声や息遣いそのものがリズム表現になっていて、「ドラムの模倣」とは単純に言い切れない。そんな前提があったので、じつはぼくは、そもそもボイパを「ドラムの模倣」と思っていないところがあるんです。

 大学に入った95.6年の頃はボイパパートが独立していたグループも少なかった。RockapellaやVOX ONE(ボックス・ワン)、The Real Group(ザ・リアル・グループ)、TRY-TONE(トライトーン)…北村嘉一郎さん(※6)くらいですよね。すべてが手探りでした。

 

 ボイパを始めたころは、空気をマイクに当てて音を鳴らす「無声音」が中心でした。最初に挑戦したのは、「Primer」の中にある「Sixty-Minute Man」。ハイハットで「ツーツッツー」と鳴らすようなボイパをしていた。その次がBoyz II Men(ボーイズIIメン)の「Thank you」です。無声音のスネアドラムでリズムを奏でていました。たくさんつばが飛んで、すぐにマイクがだめになるんじゃないかと心配するくらい(笑)。

 

 その後、有声音に挑戦しはじめました。VOX ONEに影響を受けたし、末松卓くん(※7)の手法にも、だいぶ影響を受けた。

 有声音は、とてもフレキシブル(柔軟性がある)。アタックの強さを変えられたり、ピッチを変えられたり、フレージングを変えられたり。また、歯に空気を当てることで高音を鳴らし、同時に声によって低音を鳴らすことができる。アカペラは帯域の狭さが弱点ですが、有声音ボイパは「声以外の帯域」を高音と低音で稼ぐことができます。

 

 ぼくのボイパのいちばんオリジナルな表現は、スネアドラムの音程を上下させながら連続させる音色。RAG FAIRの楽曲「恋のマイレージ」でつかっているやつです(※8)。この「マイレージスネア」は、アカペラの弱みである「寂しい感じ」を補うことができると考えました。

 たとえば「パッ・パッ・パッ」といったコーラスのフレーズがあったとして、「パ」と「パ」のあいだのコンマ数秒を埋められる。「ずっとつながっている感じ」が出せます。このように、時間的にも空間的にもフレキシブルに補完できることが、有声音ボイパが持っている武器だと思います。

 

 また有声音は、声が入るぶん大きな音量が出せるのも利点です。ぼくはずっとマイクのない環境でやっていたから、音量もバカでかいわけ。そんな音量が出ると、マイクや音響の性能は関係ないんです。

 RAG FAIRとしてメディアに出始めたころは、テレビ局にボイパのPAをするような人はいなかった。マイクの特性も違う。だからテレビ局によって音量を変え、マイクの使い方も替えた。バスが弱いところは近接効果を活用したり。繰り返しますが、こういうフレキシブルさが強みだと思います。

 

――「フレキシブル」という感覚はとてもよくわかります。いろんな人と即座にコラボできるという特性もありますよね。

 

奥村:コラボという点では思い出深いことがあります。RAG FAIRとして2005年に、サスケさん、佐藤竹善さんと共に「LIVE ON THE JUKE VOX」というイベントを行いました。

 RAG FAIRの出番が終わり楽屋でくつろいでいたところ、次に出演していた佐藤さんにステージ上から呼ばれたんです。

 衣装に着替え直して、大急ぎで出ていった。その場で、佐藤さんとボイパでコラボすることになったのです。曲は存じ上げませんでしたが、つぎの展開を予測しながらその場で完璧に合わせることができた。演奏が終わると、会場は拍手喝采。その後につながる大きな自信になる経験でした。

 

 RAG FAIR以外の音楽活動として、ジャズピアニストの松永貴志くんと「So Cool」というユニットを組み定期的に演奏してきましたが、その際もリハーサルをせず、その場の展開で演奏していました。

 また東日本大震災後の陸前高田でボランティアをしていたときにも経験があります。中学生くらいの女の子と一緒に演奏する機会がありました。「B’zが好き」という彼女の歌に合わせ、ボイパをした。すべてが津波で流されて、一面瓦礫が散乱する風景のまえで。自分の人生のなかでとても大きい、忘れられない経験です。

 

 ボイパは一見難しそうですが、表現手法としては自由度が高いものだと思っています。打楽器の模倣でなくても、息遣いのようなものでもいい。自由度が高く、柔軟です。だからこそ何かと何かをつなげる「媒介者」に向いているんだと思います。

 

 ちなみにぼくは1歳半の娘がいるのですが、泣いているときにあやそうと、ボイパをしたりする。じっさいに泣き止むと「さすがおれの娘」と思いますよね(笑)。

 しかもこの娘、もうボイパをするんです!(スマホで動画を見せながら)しかもちゃんと、音を打ちわけてるんですよ。すごいでしょ?!

 

――おお、すごい。さすがおっくんの娘さん!これまで政治家としての顔、アーティストとしての顔を見ましたが、父親の顔も覗けてうれしいです(笑)。年齢関係なく、だれにでも開かれているのがボイパの良さでもありますね。

 

※5…Jeff Thacher(ジェフ・タッチャ―)・・・ボイスパーカッショニスト。アメリカのアカペラグループRockapellaのメンバー。閉じた唇を息で強く弾く音色や、喉にマイクをあてて鳴らす重低音、打楽器の直接的模倣音ではない声を混ぜた音などを駆使して奏でる、激しく強いビートが特徴。

※6…北村嘉一郎・・・ボイスパーカッショニスト。TRY-TONE元メンバー。小さく唇を弾いたり、鋭く吸うことで鳴らした音をマイクで拾い奏でている。とりわけジャズ・ドラムの表現は国内のみならず世界的に評価されている。現Vocal Asia日本代表。

※7…末松卓・・・「ハモネプスタートブック」などに協力した日本におけるボイパプレイヤーの先駆者のひとり。テレビコマーシャル等で演奏を披露している。下の動画は「マリオボール CM with ボイパ」

※8…「恋のマイレージ」2002年6月に発売されたRAG FAIRの2枚目のシングル。同日発売の「Sheサイド ストーリー」とともにオリコンチャート1・2位を独占した。