――さて、ひとつどうしても聞かなければならないことがあります。ヤシさんとお酒の関係です。ヤシさんは日本一「鬼ころし」が似合うボイスパーカッショニストだと個人的に思っているのですが(笑)、お酒と音楽のつながりについてお尋ねしたいです。
ハヤシ:先ほども言ったとおり、25歳頃のときに生まれてはじめて「何かを伝えたい」という衝動があり、「LOST IN ME」を通して、音楽をその手段とすることができた。また「声だけだからこそ抒情的な気持ちが表現できる」という、アカペラの良さも再発見できた。自分のなかで、人生とアカペラが、有機的につながってしまているんですね。
一方で、アカペラは技術偏重で緻密だこそ、感情を開放しきれない部分もあるなとも思いはじめるようになりました。
そんなときにふと、ライブでお酒を飲んでみたんです。すると、意外とよくて。あとから録音を聴いても、すごく演奏が「踊って」いました。かつては「お酒を飲んでステージに立つ」なんてご法度だと思っていたのですが、意外な発見でしたね。ほかのメンバーとのコミュニケーション力も上がる感じなんです。もちろん、事前にめちゃくちゃ練習して身体をつくりこむからこそ、安心してお酒も飲めるという事情はありましたが。
――お酒を飲むと、なんだか冴え渡って、ほんとうにいろんな情報が処理できる感覚はありますよね。言葉以上のものを受け取ることができる。人類の歴史上、お酒がコミュニケーションに欠かせなかったのは、「さもありなん」だと思っています。
この話をしながら、ヤシさんが向井秀徳さん(※14)を尊敬していることを思い出しました。ぼくはZAZEN BOYSの「WHISKY & UNUBORE」という曲が好きで、「その46度の半透明が自我に及ぼす影響を必死こいて考えていた」とかいう描写はまさに、酔っぱらいが「自分は酔っぱらいじゃない」ということを確認したいがために行う典型的な思考方法です。酔っぱらう描写は、音楽的な魅力を増すと思っています。そういう意味で、スメルマンの「S.A.K.E」シリーズが大好きですし、向井さんの影響を感じられる楽曲の数々が好きです。
ハヤシ:そのとおり、とても影響を受けました。
とくに後期の「S.A.K.E.3」や、CD化していない「神頼み」という曲はとても色濃く反映されています。曲に隙間をもたせつつ、フックとなるワードを随所に盛り込んだりとか。
また、ライブスタイルにも影響を受けました。北海道で初めて開催された「Rising Sun Rock Festival」でナンバーガールが「透明少女」を演奏する、有名な映像があります。これがすごいんです。まず田渕ひさ子のリズムの走ったギターがあり、そこにアヒト・イナザワがさらに走って乗っかっていく。みんな走っている。
――あの演奏は、走っているからこそ魅力がありますよね!
ハヤシ:うん。走るのがいい。音楽は走っていいよ!と思います。
ビートが走るのは感情の高まりの証拠。だから、観客はそこにストーリーを感じることができると思います。緊張感とか、その日を迎えるにあたっての何かがあるのだろうな、とかね。観客は、その緊張感ごと受け入れて、楽しんでくれるものだと思います。それこそ、歌が誕生したときから変わらない価値だと思います。
もちろんメトロノームで練習するのは大切で、自分もさんざん繰り返してきました。でもその基盤を踏まえつつ、ライブはそれを抑止できない気持ちを放出する場だと思っています。
――ライブでの感情の高まりという意味では、日本最大級の音楽フェス「ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2009」(※15)に出場したスメルマンの姿は、高揚感が伝わるすばらしい演奏です。ロックバンドばかりが出てくるステージで、「アカペラはこれだけできるんだ」ということを伝えてくれた。
ぼくはアカペラは好きですが、「ハーモニーの美しさが好き」というより、「声だけで何か面白そうなことをやっているひとが好き」というのが正確な表現です。そういう人間にとって、あの演奏は胸に響きます。
以前スメルマンの演奏を見に行った時、メンバーのどなたかが、冗談めかして「おれたちハーモニーわからないから」とか言っていたのを覚えています。そのうえでマキシマムザホルモンの「ロッキンポ殺し」を演奏しはじめたんですよね。で、それがめちゃくちゃかっこいい。「アカペラ=ハモり」という概念を壊して、「アカペラ=声だけでかっこいいことやる」という構図を提示してくれたような気がします。ROCK IN JAPAN FESTIVALは、そういうスタンスが評価され、出演を果たしたのではないかと思っているんです。
ハヤシ:まさにそうです。当時は「声だけ」という方法で、まだまだやれる余地があると思っていた。そして今もそう思っています。
先ほどアカペラは制約があると言いましたが、じつは自由度の高いフォーマットでもあると考えています。躊躇なく、さまざまな要素を入れ込める。メンバーからは、最初こそ「どうやって表現するの」と言われることも多かったですが、慣れていくうちに、途中からは面白がってくれました。
たとえば「パンキッシュ」という曲では、タイトル通りパンク的な8ビートを基礎として、ボイパがドラムンベースを奏で、ベースがクラブミュージック的なリズムを鳴らし、ボーカル3人が、ビースティボーイズ的なラップを乗せる。さらにオフスプリングの「プリティ・フライ」のような女性のリフを入れたりした。とにかく、いろんなものを混ぜ込んでいました。
自分たちの曲にどんどん手を加えて、発展させることもよくしていました。5人体勢としてはじめてつくった「NO WEAR MAN」という曲がありますが、これを発展させたのが「CHAOS」という曲(※16)。まさに、「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」に応募し、通過した思い出の曲です。
スメルマンでは最後の最後まで実験を続けました。さっきも話した「S.A.K.E.3」という曲は、チン☆パラの頃にカバーしたBoys Nite Outのオマージュをはじめ、それまで培ってきた表現を入れ込んだ。昔から聴いてくれている人には面白いと感じてもらい、音楽としても良いものを作りたかったです。
SMELLMAN / S.A.K.EⅢ
――「声だけ」の魅力と徹底的に向き合ってきたスメルマンですが、その後活動休止となります。インストバンドの「JAMZO」も今年の3月でいったん休止となりました。僭越ながら、ヤシさんにとって現在は、ひとつの節目となる時期のように見えています。時代の変化が激しく移り変わるなか、現在、見据えているものは何でしょう。
ハヤシ:スメルマンの途中からはずっと楽曲制作に重きを置いていましたが、最近はまたボイパを見つめなおしています。SNSで発信したり、YouTubeチャンネルを開設したりするのは、その表現のひとつです。
ヒューマンビートボックスはどんどんトレンドが変わっていきますが、それに比べると、ボイスパーカッションは変わりにくい。というより、「変わらないものをやりたい」と自分では思っています。スローな感じで、伝統工芸的な側面を打ち出して。
おそらくこのSNSの時代、技術競争に疲れている人がいると思います。たとえば同世代にすごいテクニックのやつが現れたりすると「自分はだめだ」と思ってしまう。これはほんとうにたいへんだなと感じます。もっと自分の個性を出しつつ、それを認め合える状況がいい。そういう前提の中で、さいきんは、「ロックボイスパーカッション」というニッチな感じを打ち出してやろうと活動しています。いろんなボイパがあるなかのひとつとして参考にしてもらえればいい。
いまは、綺麗でおしゃれなアカペラが主流だし、すばらしいと思うけれど、また泥臭い感じのアカペラも出てくると思っています。そういうときに、自分のようなボイパが役に立つといい。その日のために、自分は潮流には乗らず、今までやってきたことをとりあえず続けようと思っています。
※14…ナンバーガール、ZAZEN BOYSのギター&ボーカル。ライブ中に酒類を飲むことも有名だ。
※15…日本最大級の野外音楽フェスティバル。主催はTOKYO FM(2015年までニッポン放送)、企画制作はロッキング・オン・ジャパン。
※16…「CHAOS」は2020年4月現在ハヤシがTwitter上で展開しているボイパ演奏企画「スメルチャレンジ」の課題曲としてトレンドとなっている。皆の演奏は必聴である。