3.もっと多くの人に必要とされるサークルへ

King of Tiny Room インタビュー

アカペラへの熱意を語る吉田。本文では触れられなかったが、じつは実力のあるボイスパーカッショニストだ
アカペラへの熱意を語る吉田。本文では触れられなかったが、じつは実力のあるボイスパーカッショニストだ

――良い意味での緊張感。その好影響かもしれませんが、AJPは質の高いコンテンツをたくさん生み出しているように感じています。中でも、私が特に文化的に意義深いと感じたのは、2020年夏にAJPが行った、コロナ禍におけるアカペラ活動の実態調査です。

 

吉田:当時は実態のわからないウイルスに対する恐怖に加え、飲食店をはじめとするさまざまな店舗の休業や一斉休校、イベントの中止などが相次ぎ、社会全体が混乱を深めていました。そんな中、「もうアカペラができなくなるんじゃないか」と感じていた人は、少なくなかったと思います。

 そこでAJPでは、全国のアカペラ奏者を対象とした活動の実態調査を行いました。方法は、ウェブアンケートです。対面活動ができているかどうか、非対面(リモート)アカペラはできているかどうか、非対面アカペラへのチャレンジを阻むハードルはなにか…といった内容を細かく尋ねていきました。最終的には、なんと、1000を超える回答が寄せられました。

 

 この調査を実施した最大の理由は、「冷静な共感」を生み出すことでした。SNSに流れてくる言葉は、どうしても感情に訴えるようなものばかりで、「冷静さを欠いた共感」を生み出しやすい。そうではなく、客観的なデータを積み重ねて「誰もが困っている」という状況を改めて明らかにできたのは、大きな価値があったと考えます。AJPではこのアンケートをもとに、リモートアカペラや多重録音に関するノウハウの発信といった活動にもつなげていきました。

 

 コロナ禍に関連して、卒業ライブができない学生を対象に、オンライン上で発表してもらう「卒業証歌」を企画したこともありました。発案からコンセプトの設定、ウェブサイトのオープンまで2日間あまりで進め、AJPの歴史の中では最も団結した瞬間でした。結果的には、コロナの状況があまりに不透明だったため実現せず残念でしたが、ノウハウは次に生きると思います。

 

活動調査では2020年7月20日〜23日の4日間で、1007サンプルを回収した
活動調査では2020年7月20日〜23日の4日間で、1007サンプルを回収した
実に88%の奏者で、対面でのアカペラ活動ができていない状況が浮き彫りとなった
実に88%の奏者で、対面でのアカペラ活動ができていない状況が浮き彫りとなった

 

 このように、AJPは、アカペラ文化全体を俯瞰でとらえてみようとするメンバーが多いことが特徴のひとつです。引き続きこの方向性で進んでいけば、もっと多くの方に必要とされるサークルとして成長していくのではないかと考えています。

 

――AJPで定着する「俯瞰でとらえよう」とする発想は、KTRのアカペラに対する大きなものの見方に共感して生まれているようにも感じます。

 KTRでは「アカペラを通した音楽教育を普及させる」という壮大なミッションに向けて、学習教材制作などの活動を着実に進めています。

 

吉田:これまで、音楽科教育の大学教授や、現役教諭たちと協力して「君と3度下の旋律」というアカペラ楽曲を制作し、全国の複数の中学校でアカペラ教育を実践してきました。

 

 

 また、最近では、この楽曲を題材とした学習教材の電子出版を開始しました。音取り音源や、パート練習用の映像、担当パート以外の歌が流れる「マイナスワン練習」用の映像などがワンセットとなっています。教育的価値の高いアカペラが、音楽教育の現場で広く使われる未来に向けて、これからも活動を続けていきたいです。

 

教材はウェブサイトで購入できる。リンクは画像から
教材はウェブサイトで購入できる。リンクは画像から

 

――最後に、KTRの将来像について教えて下さい。

 

吉田:具体的なビジョンは特にありません。ただ、方向性は明確です。同じ質問を事前に代表の龍くんに尋ねたところ、このような返事をもらいました。

 「多くの人にとって、もっとアカペラが身近な存在となることが目標です。KTRだけではできないこともたくさんあるので、各方面の方と協力しながら、皆でアカペラ文化を盛り上げていきたい」…私も同じ意見です。

 ひとつ付け加えるならば、アカペラを好きな人が、これからも好きでいてもらうための環境をつくっていきたいと思います。せっかくはじめたアカペラを、だれにも辞めてほしくないのです。さまざまな能力を持つ人が長く携わり続ければ、この文化はさらに成長し、もっともっと魅力的になっていくと考えます。

 


(インタビューを終えて)

 

 筆者も過去にAJPに所属していた時期がある。最も興味深く感じていたのは、着想がカタチになり世に出るまでのスピードだ。誰かの発案に対して、さまざまな能力を持つ人たちが実現に向けたアイデアを出し合い、驚くほどスムーズに合意形成がなされていく。ビジネスツールのSlackを最大限活用している点も特筆すべきだろう。

 

 このサークルの参加者の多くは社会人である。普段は別々の仕事をしている人たちが、それぞれの職場で培った能力を存分に発揮している。メンバーのいきいきとした様子は、Slackに書き込まれる文章の端々からしっかりと伝わってくる。皆、楽しそうだ。

 

 AJPで活動すれば、ビジネスマンは生産性や業務遂行能力を高めるためのヒントが得られ、学生は理想の社会人像を描くための貴重な経験になるはずである。ぜひ多くの人に参加を勧めたい。

 

 ではなぜ筆者はAJPを退会したのか。それはひとえに、この記事を書くためである。サークルメンバーとして活動を続けた場合、AJPあるいはKTRを客観的な視点で記録することが難しくなると考えた。あるいは、AJPはアカペラを人文的な視点で文章化しようとする動きが活発で、活動内容が当サイトとオーバーラップする部分があるため、単に筆者の中で独立の精神が働いた部分もある。いずれにしても、「ボイパを論考する」を運営していなかったとしたら、今もAJPを続けていただろう。

 

 KTRの吉田さんと齋藤さんは筆者と同世代である。広い視野を持ち、遠く未来を見据えたアクションをしている姿はとても頼もしく、今回のインタビューでは良い刺激を得ることができた。今後も当サイトでは、KTRの活動を追い続けていきたいと思う。