1.きっかけは3人の中高生

二宮孝 インタビュー

『学園天国』を歌う高校生
『学園天国』を歌う高校生

 

 

――二宮さんはボランティアで高校生へのアカペラ指導を熱心に行っていますが、愛知県内各校にアカペラ同好会が誕生するなど、他の県では見られないような着実な成果につながっているように思います。活動の背景について教えていただけますでしょうか。

 

二宮:きっかけは2010年にさかのぼります。愛知県では毎年夏に、「愛知サマーセミナー」(※1)といって、市民が誰でも参加でき、学びたいことを学べるイベントがあります。愛知県内の私立高校が校舎を開放し、落語からけん玉まで2000を超える講座が開かれます。その一環として、ある私立高校の先生が「アカペラ講座をやってみないか」と提案されたそうなんです。

 ちなみにその先生は、愛知教育大学アカペラサークルPremier(プルミエ)の出身でした。やりたい気持ちはあったとのことですが、「とても高校生にアカペラを指導する力がない」ということで、ぼくに相談を持ちかけてくれたんです。初回はアカペラに興味のある県内の高校生が40人くらい集まってくれて、Whiteberryの『夏祭り』をアカペラアレンジし、指導しました。

 

 サマーセミナーを無事終えたあと、3人の中学・高校生が、指導の継続を求めてきてくれました。アカペラに対して、熱い気持ちを持ってくれたんですね。その後現在に至るまで、高校生へのアカペラ指導を継続しているのですが、その子たちが最初に声をかけてきてくれたおかげだと思います。

 

 現在、愛知県のいくつかの高校には、アカペラ同好会が存在します。ちなみに同好会という形を獲っているのは、部活にするのは、制度上難しいからです。学校において部活に割ける予算は決まっているので、同好会を部活にしようとすると、いまある部活をひとつ無くさなければならないんです。また、顧問の問題があります。クラシックの指導ができる先生はいますが、アカペラの指導ができる先生はほとんどいません。

 大学は4年間あるので、先輩が新入生指導に関わる体制がつくりやすい。しかし高校は受験もあるので、実質1、2年生だけでやっていかなければなりません。2年生になった瞬間に、後輩を指導しなければならなくなってきます。これでは、高校生のアカペラシーンを充実させるのは難しい。ぼくも学校の先生ではないので、しょっちゅう頻繁に行けるわけではありません。

 

 もうひとつ、高校のアカペラは男の子が少ないという課題もあります。やっぱり高校では、運動部を希望する男子生徒が多いのが現状です。そういうわけで、女声のみで構成されるグループ(いわゆる「ギャルバン」)が多数を占めます。

 気をつけなければならないのは、女声グループが混声の楽譜を歌うこと。男声向けパートを、オクターブ上げて歌ってしまうことが、よく見られます。「リードよりもベースが上」「サードがトップの上」といった構成になると、いい音が鳴らないのは当たり前なんですね。

 他方で、いい楽譜さえ使えば女声グループは魅力を増します。コーラス隊がすべて女声の場合、ベースも女声の方が馴染む場合がある。それどころか、男声ベースのときよりも分厚くハモれることもあるのです。「本当は混声をやりたいけれど、女性しかいないから仕方ない」ではなく、前向きに取り組めるような楽譜づくりのサポートが必要です。

 

 そういう中でも、少しずつ文化が定着してきたという実感があります。そのひとつが、『学園天国』です。毎年ゴールデンウィークに行われる合同練習会で、歌い継がれている曲です。

 元々は、2015年のサマーセミナーで用意した楽曲でした。なぜか高校生の間で印象に残っていたようで、その年度末の合同ライブで一緒に歌いました。総勢50人の高校生による光景は、ほんとうにすばらしかった。そこから毎年歌われているんです。

 昨年は残念ながら、新型コロナの影響で合同練習会ができなくなりました。そこで企画されたのが、リモートでの『学園天国』でした。コロナ禍で誰もが慎重になっていく中、高校生のエネルギーにぼく自身も励まされました。気持ちを切らさずにやってこられたのは、高校生のおかげです。

 

 現在のアカペラが主流は大学生ですが、4年間しかないのはもったいないと思います。高校生の頃からアカペラをしていれば、大学入学時点でだいたいのことができる。そうすれば、「コピーはたくさんやってきたからオリジナル曲を歌おう」「ダンスにこだわってみよう」など、さらに幅広い挑戦ができる。もっともっと、アカペラが楽しいと思えるようになり、一生楽しめるものにもなると思うんです。

 

※1…愛知サマーセミナー・・・毎年7月の海の日を含めた3連休に開催される、地域市民と学校が結びついた市民参加型セミナーです。略して「サマセミ」と呼ばれ、20年以上にわたり親しまれている。講座数は2000以上。