――先ほど、アカペラについての話題にも触れました。学生時代にJAM(ジャパンアカペラムーブメント、※1)などの舞台でも活躍した和茶さんが、ボイスパーカッションに出会ったきっかけやアカペラ経験について聞いていきたいと思います。
和茶:初めてボイスパーカッションと出会ったのは高校3年生の頃でした。当時は藤沢の高校に通っており、授業の一環で開かれた芸術観賞会のゲストが、アカペラグループのトライトーン(※2)だったのです。茅ヶ崎のホールでした。特に北村嘉一郎さん(※3)のボイスパーカッションがあまりにも衝撃的で、何が起きてるのか全然、理解ができなかったのを覚えています。
大学入学後、アカペラをしようとしても学内にサークルがなかったので、インターネットサークルに入りました。2001年のことです。具体的には、エキサイトが提供していた「サークル」という無料コミュニティサービスを利用しました。mixiが流行する少し前ですね。
その中に、「歌会」という100人規模のカラオケサークルがありました。さらにそこから「ゴスペラーズ好き同士でアカペラをしたい」というメンバーが集まり、「歌ゴス倶楽部」という小さなアカペラサークルが生まれ、都内のカラオケボックスや、天気が良ければ中野の公園で、ゴスペラーズの教則本(『ゴスペラーズ パーフェクト・ハーモニーブック[歌おう]』、※4)を見ながら歌っていました。ボイスパーカッションもその頃に始めました。
――当時は今のようにYouTubeもない時代です。どのように練習をしたのですか。
和茶:ぼくが参考にしたのは、アカペラグループ香港好運(ホンコン・ラッキーズ)の渡辺悠さんが出版した『ボイパ本』(※5)という教則本です。付属のDVDを見ながら一生懸命、練習しました。
ボイスパーカッションの練習は本当に楽しかったです。それまで歌やギターに挑戦したもののどれもうまくいかず、挫折ばかりを味わってきました。でも、ボイスパーカッションは上達の手応えがあった。演奏できるようになると別グループにも誘われるようになりました。そんな中、ある人から早稲田大学アカペラサークルStreet Corner Symphony(SCS)に誘われたのです。
意気揚々と参加しましたが、SCSの先輩からの評価は散々でした。同期とともに結成したCranberry Cafe(クランベリーカフェ)というグループは、先輩から「新人で1番良い」と褒められました。しかし、そのあとに続く言葉が「でも、ボイパはいらない」という辛辣なものでした。当時ぼくたちが演奏したのは、トライトーンの『しあわせもあこがれも』というボサノヴァ調の楽曲だったのですが、ぼくはそのリズムを理解しておらず、ポップスのノリで演奏していた。後から振り返れば、確かに「ボイパはいらない」と言われても仕方がありません。
Cranberry Cafeの演奏
和茶:そんな折に、元RAG FAIRの奥村政佳さん(おっくん、※6)がSCSに訪れ、演奏しているのを聴く機会がありました。一聴しただけで奥村さんのボイスパーカッションとの圧倒的な実力の差を感じ、「これこそ音楽演奏だ。このレベルじゃないとSCSでは認められない」ということが分かったのです。
それから意識改革をして練習に励むと、認めてくれる人も増え、気がつけばSCS内で20グループほどを掛け持ちするようになりました。経験を積めば積むほど上達し、最終的にJapan A'cappella Movementなどの大舞台に立てたのもうれしかったのですが、忘れられないのはSCSに入って4年目に、トライトーンの多胡淳さんに「君のパーカスいいね」と言ってもらえたことです。そのときに聴いてもらった曲が『しあわせもあこがれも』だったので、努力が実を結んだという実感がありました。
――そこから、和茶さんは脱サラをしてプロに挑戦していきます。
和茶:SCSの卒業後、しばらくは会社員として働きながらアカペラを続けました。ただ、心の中ではプロとして挑戦してみたい気持ちはありました。ある尊敬するボイスパーカッション奏者の先輩が「プロにならないのか」と言ってくれたことも影響していますし、やっぱり一度きりの人生ですから、ボイスパーカッションの可能性を探ってみたかったのです。
ぼく自身が実践しているように、ボイスパーカッションをリズムセクションという役割に縛る必要はありません。「人間の声だからこその表現」をステージ上で伝えることで、生命について伝えたい。「響導師」という肩書きには、そんな思いを込めています。
同業の先輩からは、「和茶の考えを形にするのは時間がかかるので、それを覚悟してずっと続けていった方がいい」と言われたことがあります。ぼく自身もそう実感しています。武道家が一生をかけて道を究めていくように、ぼくもこの表現を、人生をかけて磨き続けていきたいです。
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※1…JAM/1999年に初開催し毎年行われている、日本でもっとも知名度の高いアカペライベント。審査を突破した限られたグループにのみ出場権が与えられ、全国の多くのアカペラプレイヤーが出演を目指している。
※2…トライトーン/1992年、早稲田大学アカペラサークルStreet Corner Symphony(SCS)内で結成したアカペラグループ。1994年「Etoile/12の星の物語」(ビクター)でメジャーデビュー。2001年アメリカBest Recording Awardsにおいてアルバム「A Cappella MAGIC BOX」が最優秀ジャズアルバムを受賞。公式HP(https://www.try-tone.net/)より引用。
※3…北村嘉一郎/ジャズ・ボイスパーカッショニスト。早稲田大学在学中の1996年、プロアカペラグループ「TRY-TONE (トライトーン)」に加入。2008年にソロアーティストとして独立し、ジャズ・ピアニストやジャズ・ヴォーカリストらとの共演を重ねる。15年からはジャズアカペラグループ「鱧人」のメンバー、18年からはオーストラリアを代表するコーラスグループ「The Idea of North(アイデア・オブ・ノース)」のメンバーとしてそれぞれ活動を続けている。一方、アカペラの文化振興も精力的に行い、11年から20年まで国際アカペラNPO法人「Vocal Asia(ボーカルアジア)」の日本代表を務め、国際交流の橋渡しを行ってきた。同職退任後はVocal Asiaの芸術アドバイザーに就任し、アカペラを通じた国際交流と相互理解の推進に力を入れている。
※4…『ゴスペラーズ パーフェクト・ハーモニーブック[歌おう]』/ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス 、2000年3月1日発売。写真は筆者所有。
※5…『ボイパ本』/株式会社リットーミュージック、2002年4月15日発売。2013年2月25日に『DVDでよくわかる!ボイパ本』としてリニューアル。写真は筆者所有。
※6…奥村政佳/1978年(昭和53年)生まれ、大阪教育大学附属天王寺高校在学中に当時史上最年少で気象予報士試験に合格。筑波大学在学中、フジテレビ系「ハモネプ」に出演し第2回大会優勝。その後、アカペラグループRAG FAIRのボイスパーカッションとしてデビューし2002年NHK紅白歌合戦に出場。 2012年に保育士資格を取得し、神奈川県内の保育所で主任保育士としても勤務。 北海道大学CoSTEPで科学技術コミュニケーション、横浜国立大学院教育学研究科で幼児教育研究に取り組み、2017年気象学会奨励賞。日本政策学校第1期生。2019年夏の参議院選挙全国比例における立憲民主党公認候補として出馬し次々点で落選、2024年繰り上げ当選。参考:https://okkun.info/