· 

アカペラで、金沢をもっとアツく

金沢アカペラ・タウン実行委員会 小幡和弘会長インタビュー

 「金沢アカペラ・タウン2023」が8月26日(土)、27日(日)に開催されます。

 金沢市内各所に設けられた舞台で、全国のアカペラグループがハーモニーを披露する同イベントは12回目で、アカペラ愛好家はもちろん地元住民にも親しまれています。

 当サイトでは、金沢アカペラ・タウン実行委員会の会長に今年度、就任した小幡和弘さんにインタビューをしました。4年ぶりの通常開催にかける思いに迫り、イベントのこれまでの歩みを振り返りながら魅力を深掘りします。また、アカペラを通した観光振興や文化振興についても考えていきます。


■プロフィール

金沢アカペラ・タウン実行委員会

小幡和弘会長

 石川県かほく市生まれ。金沢二水高校合唱部で音楽活動を開始し、全日本合唱コンクールに2度出場した。立命館大学へ進学し、同大学アカペラサークルSong-genics(ソングジェニックス)ではボーカルベース担当として活動。学生時代に結成したアカペラグループReversaℓ(リバーサル)で金沢アカペラ・タウン2017のファイナルステージに出演。現在も金沢市を拠点にアカペラ活動を続けている。2020年から実行委員会に参加し、今年度、金沢アカペラ・タウン実行委員会長に就任。


4年ぶりの「通常開催」

――金沢アカペラ・タウン(以下「タウン」)は2010年以降、新型コロナウイルスの影響で中止となった20年、21年を除いて例年行われています。2日間にわたり、全国から集ったアカペラグループが金沢市中心街の各所を舞台にストリートライブ形式で演奏し、まさに「街じゅうでハーモニーが聴こえるイベント」といえます。8月26日(土)、27日(日)の実施を間近に控え、準備に奔走しているところだと思います。

 

小幡:想像以上の忙しさに目が回りそうですが、なんといっても4年ぶりの「通常開催」なので、絶対に成功させようとの思いで日々、頑張っています。

 昨年は、出演者にワクチン接種の証明書や抗原検査結果の提出、歌うとき以外のマスク着用などをお願いしていましたが、今年は制限を設けない予定です。出演グループ数は、昨年の81組から128組に増えました。出演する皆さんには声を重ねる幸せを心おきなく感じてほしいですし、お客さんにはハーモニーをとことん満喫していただきたいですね。

 「タウン」の魅力はストリートライブだけではありません。目玉イベントの一つが、初日の夜に行われるコンクールです。金賞を目指して磨き上げた8組のパフォーマンスは、聴く人の心をきっと掴むはずです。また、今回はベース・ボイパタッグトーナメントという企画を用意しました。“リズム隊”と呼ばれる両パートがタッグを組み、ストリートを舞台に30秒間演奏をして、お客さんの挙手の多さで判定します。人の声の温かみと楽器のような躍動感を併せ持つベースとボイパのコラボレーションは必聴です。

2組のプログループが出演

小幡:2日目の午後5時からはファイナルステージを実施します。前夜に開催したコンクールの入賞グループと、書類・音源審査を突破したアマチュアグループ、そしてゲスト(プログループ)によるパフォーマンスを予定しています。

 ゲストは2組です。Nagie Lane(ナギーレーン)は、ネオシティポップやダンスミュージックを洗練されたかたちで演奏しているアカペラグループで、特に若い世代から熱烈な支持を集めています。バークリー音楽大学を卒業しているリーダーのbaratti(バラッチ)さんを中心に、メンバーの歌の実力も折り紙付きです。テレビ番組をはじめ、さまざまなメディアで活躍しています。

Nagie Laneが今年2月にリリースした「サクラループ」

 もう1組は、シュガーズです。前身グループから通算すると活動歴21年の大ベテランで、会場を盛り上げるパフォーマンスは数あるプログループでも際立っています。子どもからシニアの方まで聴きなじみのある曲や、明るく前向きなナンバーを歌ってくれるので、「タウン」にはこれ以上ないほどぴったりのゲストです。4回目の最多出場でもあります。

シュガーズによる「Sugar Baby Love」のカバー(筆者お気に入りです)

アカペラを心地よいBGMに

――ここからは、「タウン」の魅力をさらに掘り下げていきたいと思います。「タウン」の最大の特徴は、名称が示すとおり、街じゅうに複数の会場を設けている点ですが、そうしたイベント設計はどのような効果をもたらせていると考えますか。

 

小幡:アカペラの認知度はテレビ番組の影響で高まっているものの、アカペライベントにわざわざ足を運ぶ人の数は限られているのが実情です。街なかに会場をいくつも作ることで、アカペラに馴染みのない方にも、ハーモニーの美しさをお届けする機会を増やせます。このように言うと押しつけがましさを感じる方もいるかもしれませんが、「アカペラは街に溶け込んで、心地よいBGMになる」というのが私の確かな実感です。

 その証拠に、これまでの「タウン」では、たまたま近くを通ったファミリーが足を止めて手拍子をしたり、年配の方が会場に設置された椅子に座って耳を傾けたりといった姿がよく見られました。地元・金沢の皆さんに対する文化振興の一端を担っていると言えるかもしれません。たとえじっくりと観覧できずとも、アカペラを聴きながら、いい気分で休日を過ごしていただくだけで主催者としてはうれしいですね。

インタビューに応じる小幡さん
インタビューに応じる小幡さん

観光地を巡って、より楽しく

小幡:「タウン」のお客さんは地元住民だけでなく、ありがたいことに毎年、全国からいらっしゃっています。そうした方々にお話を聞くと、事前にタイムテーブルを確認して出演グループをYouTubeなどで予習し、お目当てのグループを効率的に見て回るスケジュールを立てているそうです。複数会場がある「タウン」ならではの楽しみ方ですね。

 ライブの合間に観光地へ訪れるのもおすすめです。会場の一つである「香林坊アトリオ広場」の近くには石川四高文化交流館やしいのき迎賓館といったレトロ建築がありますし、「近江町いちば館」はその名の通り市場の一角にステージが設置されているので、北陸の海の幸が味わえます。ファイナルステージが設けられる金沢市役所の東には21世紀美術館や兼六園があり、足を伸ばしてみてもいいでしょう。観光とアカペラをセットで楽しめるのが「タウン」の大きな特徴です。

タイムテーブルはウェブサイトから確認できる(画像タップで公式サイトへ)
タイムテーブルはウェブサイトから確認できる(画像タップで公式サイトへ)

累計約1万人が出演

――ここまで地元の方と観光客の視点で魅力を語っていただきましたが、アカペラ奏者にとっても「タウン」は特別なイベントになっていますね。

 

小幡:金沢は三大都市圏からいずれも鉄道で2時間30分とアクセスが良いこともあり、全国からアカペラ奏者が集うイベントとなっています。年に一度の「同窓会」としての役割も果たしていて、夜には、金沢のおいしい料理を食べながらお酒を酌み交わすといった姿が見られます。そうした交流で生まれた縁が新たなアクションへと発展するケースも見られ、アカペラ文化全体への貢献にもなっていると自負しています。

 「タウン」は10年の開始以来、前回までで延べ1,720グループ、9,496人が出演しました。今年、1万人の大台を突破する計算です。また、観客数は累計で256,853人(実測値)です。出演者、観客者数ともにコロナ禍を例外とすれば右肩上がりで、魅力を感じていただいている証拠かなと思います。

金沢アカペラ・タウン出演グループ数、出演者数、観客数の推移
金沢アカペラ・タウン出演グループ数、出演者数、観客数の推移

――累計出演者1万人とは驚きです。スケールの大きさも「タウン」の特徴の一つですね。

 

小幡:市との共同事業でなければ到底、実現しないスケール感だと思います。

 現在では東京都内で「SHIBUYA A CAPPELLA STREET」や「ソラマチアカペラストリート」、横浜赤レンガ倉庫などを会場とした「50fes」など、多ステージ型イベントが各地で催されていますが、半径およそ1.5キロの広さで展開する「タウン」は面積も会場数も今なお国内最大規模です。そしてこの規模感こそが、ここまで挙げてきた文化振興や観光振興を可能にしているのだと考えます。

金沢アカペラ・タウン2023の会場


 ここでインタビューから一旦離れ、金沢アカペラ・タウンの歴史を振り返ります。実行委員会とともに金沢市文化政策課にも取材にご協力いただきました。


金沢の夏の風物詩に

全国から奏者が集い、会場を盛り上げる
全国から奏者が集い、会場を盛り上げる

 「金沢アカペラ・タウン」は2010年にスタートしました。きっかけは前年の09年。市内で「金沢ジャズストリート」というイベントが催され、プレイベントとしてアカペラライブが行われました。それが好評だったことから「アカペラだけで、市内各所でストリートライブを行う一つのイベントにできれば」という市とアカペラ愛好家の思いが一致し「金沢アカペラ・タウン」の初開催につながりました。

 当時の金沢市の担当課は「観光政策課」で、15年の北陸新幹線金沢開業に向けた機運醸成の狙いもありました。金沢市は春に「ラ・フォル・ジュルネ金沢」(現・いしかわ・金沢 風と緑の楽都音楽祭)、秋に「金沢ジャズストリート」を行っており、「音楽イベントを夏にも実施したい」との考えもあったようです。当時はアカペラにスポットライトを当てたフジテレビ系の特番「ハモネプリーグ」が年2~3回というハイペースで放送されていて、全国的に奏者が増えていた時期だったことも開催を後押しする要因となりました。

 2019年には「タウン」が金沢の夏のイベントとして定着しているとの判断から、市の担当課が文化政策課へと移管しています。「アカペラは聴いた人が元気になる力があり、『タウン』はまちに活力をもたらす、夏になくてはならない催しとなっています」と、同課担当者は話します。

「タウン」と金沢市民芸術村

金沢市民芸術村(Copyright:石川県観光連盟)
金沢市民芸術村(Copyright:石川県観光連盟)

 「タウン」のバックグラウンドについてもう一つ紹介します。

 「タウン」が始まった頃の金沢市長は、21世紀美術館や金沢駅前の鼓門の建設を仕掛けた山出保(たもつ)氏でした。その山出氏らによるトークセッションを収録した『金沢らしさとは何か ―まちの個性を磨くためのトークセッション』(北國新聞社出版局)という著書の中に、「最近金沢ではアカペラのイベントをやっていますけれど、これも発祥は市民芸術村からと申し上げてよいと思っております」(p26)という山出氏のコメントが掲載されています。

 ここに出てくる「市民芸術村」(正式名称「金沢市民芸術村」)は、金沢駅の南にある、かつての紡績工場を活用した文化施設で、主に市民の音楽や演劇の練習場としての役割を持っています。音楽や演劇の愛好家が「街なかに練習場所がない」との声を受け、低価格でスペースを貸す施設として1996年にオープンしました。年間20万人が利用し、筆者も先日、アカペラの練習のために初訪問したばかりです。

 山出氏による「『タウン』の発祥は市民芸術村」という発言は、市民芸術村が直接「タウン」を生み出したという意味ではなく、「練習場所(=市民芸術村)をつくったことで、金沢に音楽・演劇文化が醸成された」との見解を端的に示したものと考えられます。市民芸術村は実際に音楽・演劇関係者にとってなくてはならない存在となっており、「歌える場」「演じる場」を重視した山出市長の慧眼には驚くばかりです。

 以下、再び小幡さんへのインタビューに戻ります。


「アカペラを続けたい」を応援

――「タウン」の歴史を振り返ると、改めて地域の観光振興や文化振興に貢献してきたことがよく分かります。そうした経緯を踏まえて今後、「タウン」をどのようにしていきたいか、展望を伺います。

 

小幡:まずは、アカペラ奏者だけでなく地域に愛されるイベントとして長く継続していくことです。その上で将来的には、石川県を中心として地方のアカペラ文化をもっと盛り上げるような動きもしていきたいと考えます。

 全国的に、アカペラの担い手は大学生に集中しています。それは悪いことではありませんが、そのほかの世代へとなかなか裾野が広がらないのは課題です。

 大学時代に寝食を忘れるほどアカペラに熱中したにもかかわらず、卒業後も続けている人はとても少ない。その要因として考えられるのは、グループメンバーのスケジュールを合わせるのが難しい点です。仕事や家庭に忙しい社会人5~6人が継続的に集合して練習し、ステージに立ち続けるのは相当の覚悟と周囲の理解が必要です。特に地方では、そもそもメンバーを集めることすらも難しい。

 アカペラに飽きたのであれば仕方がありませんが、「続けたくてもできない」という人がいるのはとても残念です。そうした人たちに歌う機会を提供するような動きを、地域に根付きながらできないかと考えています。

「歌える場」をつくり、文化を育む

 高校生以下の若い担い手を生み出すのも文化振興には欠かせず、それを実感させてくれるのが愛知県です。同県ではいくつかの高校に「アカペラ部」があり、気鋭のボイスパーカッショニストであるバズさんをはじめ、多くの才能が育っています。

 例えば石川県にも「アカペラをやってみたい」という中高生はいるはずです。高校にアカペラ部を設立するのはぼくたち実行委員会の力では難しいかもしれませんが、「歌える場」であれば、作りようがあります。

(参考記事)愛知県で高校のアカペラ文化醸成に力を注ぐ二宮孝さん
(参考記事)愛知県で高校のアカペラ文化醸成に力を注ぐ二宮孝さん

 山出元金沢市長が金沢市民芸術村で実践されたように、「そこに行けば歌える」という場所は文化にとって大きな強みです。大学生にアカペラが普及、定着している理由は、部室という場があるからだというのが私の持論です。

 そのような「そこに行けば歌える場」を、新たに石川県内に生み出せるといいなという夢があります。単発的なイベントか、常設的な音楽スタジオかコミュニティカフェなのか、適当な形はまだ分かりません。現実的には、運営方法や収益や不動産など、数えたらきりがないほど多くの課題があります。しかし、そういった夢を描き、人に語るのも実行委員会長の大切な仕事なのではないかと思います。

 とはいえ、まずは今年の「タウン」を成功させることが、会長に就任したばかりのぼくの最も重要な使命です。昨年まで会長を務め、「タウン」を地元の方々や全国のアカペラ奏者から愛されるイベントに育てた山田大輔さんにも相談役として強力にサポートいただき、なんとか開催直前までこぎつけることができました。

 当日も金沢市や実行委員会の仲間、金沢大学アカペラサークルの皆さんと力を合わせ暑い夏をアカペラでもっとアツくしますので、ぜひ皆さん、8月26日、27日は金沢にお越しください!