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「100年歌い継がれるように」KAZZインタビュー

Bloom Works、2月19日にメジャーデビュー

 ボイスパーカッションの先駆者で防災大学院卒のKAZZと、シンガーソングライターで防災士の石田裕之による、神戸発・防災音楽ユニットBloom Works(ブルームワークス)のメジャーデビューが決まった。2月19日(金)に、ワーナーミュージックジャパンより楽曲「Bloomin‘ 〜笑顔の花咲いた〜」(作詞:KAZZ・石田裕之 作曲:KAZZ)が配信開始される。また3月6日(土)には、Bloom Works作の短編アニメーション「ピンクの種とリュッくん」をYouTubeで配信。楽曲、アニメともに「防災」がテーマとなる。

 

 当サイトでは、デビューに向けて奔走中のKAZZにインタビューを実施した。東日本大震災から10年を迎えるタイミングでのリリースに、KAZZは「100年歌い継がれるように」との思いを楽曲に込めたという。その真意とは。

 

 今回のインタビューでは、KAZZが昨年より交流を深めているヒューマンビートボックスの先駆者・AFRAからの影響についても触れられた。ボイスパーカッションとヒューマンビートボックスがそれぞれ紡いできた文脈や相互影響を考えるうえでも、とても重要な機会になった。ボイスパーカッショニストにとっても、ビートボクサーにとっても、より魅力的な演奏をしていくためのヒントが得られるはずだと確信している。

 

 なおKAZZのこれまでの歩みについては、昨年実施した当サイトのインタビューもあわせて読まれたい。

 


「東北のコトバ」「シムル島の伝承歌」が楽曲に影響

リモートでのインタビューに応じるKAZZ
リモートでのインタビューに応じるKAZZ


――まずはメジャーデビューおめでとうございます。率直な感想をお聞かせください。

 

 

KAZZ:感慨深いです。Bloom Worksは結成当初からメジャーデビューをめざしてきました。ぼくたちが発信し続けてきた「防災」のメッセージを、より幅広く、多くの人に届けるためには、メジャーデビューがもっともわかりやすいですから。

 

 ぼくたちがデビューするワーナーミュージック・ジャパンは、以前所属していたBaby Boo(ベイビー・ブー)でもお世話になっていました。じつは以前から、防災と音楽をつなげる活動の魅力を知ってもらおうと、担当の方とお話をしていました。

 

 しかし、新型コロナの流行が始まってしまった。世の中が完全にストップし、しばらくデビューは難しいと考えていました。そんなとき、「絵本を描いてみませんか」というご提案をいただいたのです。震災をテーマにしたアニメーションの絵本を描き、そのエンディングに、Bloom Worksの楽曲を使うという内容でした。

 

 ぼくは「絵本ですか」と聞き返しました。だって、絵本なんて描いたことないですから(笑)。動揺しましたが、せっかくいただいた大きなチャンスです。また、相方の石田さんにも、ぜひメジャーの舞台に立ってほしいという気持ちがありました。返事はもちろん「やらせてください」でした。

 

 とはいえ、なかなかたいへんです。なにせ、この話が決まったのは昨年末です。デビューまで2ヶ月もありません(笑)。まず、絵本のストーリーを考えました。YouTubeで配信されるアニメになるのでそのラフを作りました。今回発表された楽曲の制作はもちろん、アニメ化にあたっては挿入歌も担当しますので、それらも作りました。メジャーデビューの配信は7曲入りアルバムの予定で、レコーディングも同時並行です。怒涛の日々の真っ最中ですが、本当にありがたい。「やるしかない」という思いです。

 

 

――くしくも東日本大震災の発生から10年というタイミングでもあります。

 

 

KAZZ:じつは、ぼくが体験した阪神淡路大震災も、10年目がひとつのポイントでした。「復興が一区切りついた」と思われるんです。じっさいは、まったくそのようなことはなかった。同じように、東北は、まだまだ復興したとは言えない状況があります。

 

 阪神淡路大震災からは四半世紀が経ちました。時が経つほどに、伝承が難しくなっていくことも体感してきました。神戸にしても、東北しても、「復興から伝承へ」という言葉が、これからのぼくたちにとって、より大切になってくるテーマだと考えました。そこで今回の曲には「100年歌い継がれるように」という思いを込めたのです。

 

 このテーマを据えた背景には、東北に伝わるコトバ「津波てんでんこ」があります。「津波てんでんこ」は、津波がきたら高台に「てんでばらばらに逃げなさい」……つまり「たとえ離れ離れでも、まずは自分ひとりを大切にして逃げなさい」という意味の言い伝えです。東日本大震災の際に、それを思い出して津波から逃げることができたという事例があります。

 

 「まずは自分ひとりを大切にして逃げなさい」というと、いっけん冷たい印象を感じさせます。でも、じつはぜんぜん違うんです。一人ひとりがこれを肝に銘じて、防災の準備をしておけば、全員の命が救える。そうした状況をつくるためのコトバです。強く、優しい教えなんですね。

 

 それでも津波によって、誰かが命を落としたとします。そんなとき「津波てんでんこ」の教えは、生き残った人の心も救うことになります。災害で生き残った人は、つらい気持ちを抱いて生きて行かなければなりません。「なぜ自分だけ生き残ったのだろう」「なぜ救えなかったのだろう」と。しかし「まずは自分ひとりを大切に」という価値観が本当に浸透し、皆で共有できていれば、少しだけ気持ちが救われるのです。

 

 さらに、インドネシア・シムル島の伝承歌「スモン」もまた、今回の曲に大きな影響を与えてくれました。シムル島は2004年のスマトラ沖地震において、震源地の近くにもかかわらず犠牲者が7人しか出さなかった、「奇跡の島」と言われています。そして多くの人の命を救ったのが、島で歌い継がれるスモンでした。「海の水が引いたとき すぐに逃げなさい」という教えが歌詞にあります。

 

 2019年11月にぼくたちはインドネシア・アチェ州に訪問しました。じっさいにスモンを聴かせてもらい、大きな影響を受けました。さらに現地では、震災孤児のみなさんへの慰問コンサートも実施し、交流を行いました。そのときに子どもたちに、お礼として日本の曲を歌ってもらったんです。

 

 現地で歌い継がれてきたスモン、そして子どもたちの歌……これらのイメージが、今回リリースする楽曲に大きな影響を与えてくれています。

 

インドネシアでの子どもたちとの交流
インドネシアでの子どもたちとの交流

AFRAとの交流と、声を重ねる楽しさ

昨年実施された交流会。左からAFRA、KAZZ、河本教授
昨年実施された交流会。左からAFRA、KAZZ、河本教授

 

――レコーディングを終えたいま、改めて新曲をご自身で聴いて、どのような印象をお持ちでしょう。

 

 

KAZZ:合唱曲としても捉えてもらえるような曲になったと思います。「やっぱり自分の出身はアカペラやな」と思いました。みんなで声を重ねたい、という気持ちが頭のどこかにあるんですね(笑)。聴いてもらうだけでなく、楽しみながら歌ってもらえるとうれしいです。

 

 

――ボイスパーカッションの演奏において、こだわったことや、込めた思いはありますか。

 

 

KAZZ:今回はかなり声らしさというものを出したと思います。歌声のように重ねていくというイメージ。これは、アニメ「ピンクの種とリュッくん」に共通するテーマでもあります。

 

 アニメでは、主人公が被災地の女の子と出会い、歌声を重ねるシーンがあります。歌のうまさではなく、自由に声を重ねようという気持ちが大事というものです。これは、昨年から交流をはじめたヒューマンビートボクサー・AFRAさんからの影響が強いのかもしれません。

 

筆者注:ヒューマンビートボックス・ヴォーカルパーカッション研究者である札幌国際短期大学部・河本洋一教授の企画のもと、ボイパやビートボックス、アカペラの知見を深めるセッションが昨年から実施されている。参加はKAZZのほか、RAG FAIRで活躍した奥村政佳(おっくん)、ヒューマンビートボックスを日本に広めたAFRA、ヒューマンビートボクサーのすらぷるため、「ボイパを論考する」運営の杉村一馬。

 

 AFRAさんは長年「AFRA & INCREDIBLE BEATBOX BAND」という3人組のヒューマンビートボックスバンドを組んでいます。かれらは「おれがリズムをやる」「じゃあおれはベースの音をやる」といったぐあいに役割分担し、その場その場で音楽を生みだしていくそうです。

 

 アカペラにおいては、楽譜を前提として、リードボーカル、コーラス、ベース、ボイパといったかたちで役割分担がなされます。長年そのような手段で音楽を続けてきたぼくにとっては、たいへんな衝撃でした。ビートボクサーは、楽譜も楽器もなく、自由であり野性的です。「声だけで音楽を作っていこう」という気合がすごい。同じ曲を作ろうとしても、アカペラとビートボックスではまったく異なる音楽が生まれると思います。

 

 そして何より、「ビートボックスを使って楽しもう、遊ぼう」という気持ちが、AFRAさんから伝わってきました。今回の新曲やアニメのテーマである「自由に声を重ねる」はこのあたりが大きく影響しているかもしれません。

 

 またいい意味で、ぼくのこだわりも変化しています。たとえば、マイクが変わりました。これまではSHUREのSM58にこだわって使い続けてきたんですね。世界中で使われてるこのマイクを極めれば、世界のどこでもセッションができるという思いがあったから。でも今回の楽曲ではゼンハイザーのe935で録音しました(筆者注:e935は高音の抜けの良さと低音域帯の重みを兼ね備えたマイクで、ボイスパーカッションの愛好者が多いことで知られている)。ステージでも曲に合わせて2本使いをするようになりました。「もっと自由でいい」という発想です。

 

 これまでは、なにもないところから手探りでやり方を構築してきた。それが楽しかったんです。しかしいつしか、こだわりが強くなっていった。この年齢になって、新しい息吹をもらったと感じています。ビートボックスを自分でつくってきたAFRAさんが「違う世界のひととは思えない」というのも大きいかもしれません。

 

 

――KAZZさんもAFRAさんもみずから切り開き、長年やってきたからこそ見えてきた景色があり、だからこそ、お二人の交流によって見えてきたボイパとビートボックスの「違い」は、強い説得力があるのだと思います。今の若い世代にとってはボイパとビートボックスの垣根がほとんどなく、区別がつかないというひとも多いかもしれません。ただ、「かつて別々の文化だったこと」「それぞれの文脈が存在したこと」がこうして語られることによって、より多様で豊かな価値観を見出すことができると思います。

 

 

KAZZ:両者が積み重ねてきた文脈が可視化されることによって、ボイパにもビートボックスにもよい影響があるとうれしいですね。ぼく自身も、もっとAFRAさんから教わりたいことがあります。より面白い演奏方法を学んでいくことが、今後の楽しみでもあります。

 

 それと同時に、自分たちが考えてきたボイパの魅力を、引き続き広めていきたいです。今回のアニメの主人公は「ボイパおじさん」です。たとえば小さな子どもが見てくれて、「ボイパおじさんってなに」「こういうのがあるんや」と思ってくれるだけでもいいなと思います。

 


笑顔の花を咲かせる歌で、ひとをつなげる

音楽によって国境を超えてふれあう
音楽によって国境を超えてふれあう

 

――メジャーデビューは、KAZZさんが長年取り組んできた「防災と音楽」そして「ボイパ」を広めるための大きな前進になったかと思います。この先に見据えている目標についても教えて下さい。

 

 

KAZZ:まずはブレイクです。「防災と音楽」をほんとうに広めるためには、まずたくさんの人に認知されないといけない。笑顔の花を咲かせる「歌」を通じて、未災地と被災地をつなげること。そして、万が一災害が起こったときに、皆が助け合うこと。とても大きな目標なので、死ぬまでにできるかわかりません。でも一生のテーマとして続けていきたいと思います。

 

 そして、ぼくたちの歌を、世界のひとたちにも届けたいという思いがあります。ぼくはかつて、Permanent Fishというアカペラグループで、韓国など海外を舞台にした活動をしてきました。その体験からわかるのは、国際交流は、国と国ではなく、ひととひとのつながり。そしてその手段になりうるのが音楽だと思っています。

 

 これまでたくさん失敗もしてきました。途中段階で終わってしまったこともあります。それでもなんとかやってきたことを、すべてを生かしていきたい。ぼくたちが倒れたら、防災を音楽でやるという機運が下がってしまうかもしれない、という責任感もあります。

 

 メジャーデビューが決まったとはいえ、コロナ禍はまだまだ収束の兆しはみえず、厳しい状況であることはなんら変わりはありません。ご協力をいただきながら、進んでいきたいと思います。

 

 


 Bloom Worksは2月20日(土)、3月6日(土)に、JR三ノ宮駅前のアウトドアホール「Street Table Sannomiya」にてリリース記念フリーライブを実施予定。詳細はBloom Worksホームページから確認を。