「模倣芸」からボイパへ

 「はじめに」でも述べた通り、現代は日本の歴史上もっとも、「非言語音による直接的模倣音」を駆使した音楽表現者(=ボイパプレイヤー)が多い時代であると考えられる(※1)。では、ボイパが現在のように広く一般に認知されるようになった背景には、いったい何があるのだろうか。

 もっとも大きな要素のひとつに、人間の口から思いもよらぬ音が鳴ること対する、聴衆の率直な「驚き」があろう。ボイスパーカッションやヒューマンビートボックスに多少の心得がある人であれば共感してくれると思うが、自分の演奏に対する聴き手の反応は、思いのほかシンプルであることが多い。たとえば驚いて目を丸くしたり、「すごい」「鳥肌が立った」と興奮ぎみに声をあげたり。そしてその驚き方はたいてい、音楽性に対する評価以前の、非常に直感的な反応である。

 こうした反応を前向きに捉えれば、ボイパは聴く人の本能に訴えかけ、直感的な反応を生み出せる技術であり、だからこそこれほど広く一般に認知されたといえる。その一方で、私たちボイパプレイヤーはしばしば、「一発芸の披露で終始してしまった」というある種の寂しさを感じてしまう。いくら複雑なリズムパターンや丁寧な音色調整を披露しようと、そこまで理解してくれる聴き手は、じつはあまり多くないのである。 

 いかに聴衆をして、「ボイパの音楽性」に目を向けさせるか。そのための試行錯誤こそ、これまでボイパが歩んできた歴史そのものではないか。

 

 これから私は最初の取り組みとして、ボイパのパイオニアと呼ばれる人物の歩みを追っていきたい思う。テレビのモノマネ番組に出演し、聴衆の驚きに訴えかけるような「非言語音による直接的模倣」芸を披露してきた、Mr.no1se(ミスター・ノイズ)だ。かれは様々な効果音の模倣芸を極めていく過程で、あるアカペラグループへ参加するきっかけを得る。そしてそれを機に、直接的模倣音が持つ音楽的な可能性に目覚め、模索していくこととなる。

 Mr.no1seの挑戦はまさに、日本における「ボイパの音楽性」の、開拓の歴史であった。

 

 ものまねと直接的模倣

 

 ボイパが誕生し、音楽性を獲得するずっと前から、日本には「非言語音による直接的模倣」をエンターテイメント化させる文化があった。有名なのは、江戸時代末期に生まれた、初代江戸家猫八である。

 かれの人生は波乱万丈だ。元々は歌舞伎役者の門に入り女形を演じていたが、30歳の頃に鉛毒により半身不随となり廃業してしまう。‎ 数年後、2代目三遊亭小圓朝門下の落語家となったが、それもまもなく廃業。明治の末から富岡八幡宮の縁日で飴を売りながら、鈴虫やコオロギの鳴き声をまねて小銭を稼いでいたという(※2)。  

 その技術を見出したのが三代目柳家小さんであった。寄席にあげると大ウケし、以後痛快な毒舌と相まって人気を博していった。その芸はレコードにも残されており、音声で聴くことができる(※3)。かれの技術はその名とともに、子孫に受け継がれていくこととなる。

 

 直接的模倣のエンターテインメントはその後も様々な形で現れた。昭和期には「声のスタイルブック」と称して有名人や楽器の音真似を披露した、声帯模写芸人の桜井長一郎が人気を博している。とりわけ登場時に「私が口でやってるんですよ」という一言とともに披露する琴の音は、現在から見てヒューマンビートボクサーを彷彿とさせていて興味深い(※4)

 そして直接的模倣を語る際に見逃してはならないのが、1980年代後半から90年代にかけてフジテレビ「ものまね王座決定戦」の人気とともに日本で巻き起こった、「ものまねブーム」である。このブームのころ、現在も活躍するものまね芸人らが華々しくテレビデビューをはたしている。特にコロッケ、清水アキラ、ビジーフォー、栗田貫一が「ものまね四天王」と呼ばれ人気をあつめ、これ以降「ものまね芸人」は、芸能界の中でひとつの地位を築いていくこととなる。

 番組内で演じられたものまねは主に、有名人の声真似や表情、仕草の真似が中心であった。その中で独自の立ち位置を獲得していったのが、日常で聴かれる効果音などの声帯模写(まさに非言語音による直接的模倣)をする芸人であった。

 

 例えば、声帯模写をコント仕掛けで披露するケント・フリック(※5)や、下ネタと声帯模写を組み合わせた佐藤文則(※6)らには人気が集まった。特に佐藤のネタには、少年期の私も腹を抱えて笑い転げた記憶がある。

  そしてこの「非言語音による直接的模倣」的なものまね芸人のひとりに、のちにアカペラにおけるボイパ表現の先駆者となるMr.no1seがいた。のちに「ボイパ」を日本で初めて演奏したかれは、当時「石黒ツトム」という芸名で、テレビ各局のものまね番組に出演。83年にテレビ東京「全日本そっくり大賞」で優勝、91年にフジテレビ「発表!日本ものまね大賞」で優勝するなど活躍した。

 当時の映像は見つけることができなかったものの、2005年に行われた日本国際博覧会(愛・地球博)のステージでパフォーマンスを披露する姿をYoutube上で見ることができる(※7)。「野菜炒め・花火・赤ちゃんの泣声をはじめ、乗物・電化製品・楽器・日用品・自然界など100以上」という多種多彩なレパートリーを持つ彼は、87年にリリースされた酒井法子のCDブック「NORI-PING」にて、バイクの音やヘリコプターの音など様々な効果音を吹き込んでいる。

 

アカペラグループへの参加

 

 かつて、「柳屋クインテット(YANAGIYA-V)」という奄美大島出身のアカペラコーラスグループがあった(VOX-IVと改名後、2001年に活動休止)。元々はドゥーワップベースのグループであり、インディーズでCDをリリース後、1993年にメジャーデビューしている。その曲が、奄美大島本土復帰40周年記念としてリリースされた「アマミアンサンセット」である(※8、※9)

 

 Mr.no1seはこの曲に参加している。参加の経緯は不明だが、おそらく声のみで曲を作るというコンセプトのもと、音楽性の幅をもたせるため抜擢されたものと思われる。(ただし「アマミアンサンセット」のCDには、かれの名のクレジットがなされていない)。

 曲の冒頭からMr.no1seが演じたものと思われる波の音とカモメの鳴き声が、とてもリアルな調子で聞こえてくる。その後コーラス陣に混ざり、「ウン」「ツー」「パッ」といった、かなり言語音に近いスキャットで、リズムが奏でられていく。それは現在のボイパプレイヤーの多くが奏でるような非言語音、つまり文字通りの「人間離れした音色」とは必ずしも言えない。一方で、奄美の夕暮れを感じさせるようなスローテンポな曲調や、美しいコーラスとラップ表現、郷土へのリスペクトが溢れた青春的な歌詞に、とてもマッチしている。

 

 ちなみに私は、この「言語音に近いボイパ表現」を、とても気に入っている。のちに詳述するつもりだが、たとえば奥村政佳はある時期、「言語音に近いボイパ表現」を積極的に混ぜた演奏を行なっている。RAG FAIRの4thシングル「七転び八起き」(2003)で彼らは初めて管楽器とコラボしているのだが、楽器群のなかでボイパを際立たせる目的であろうか、かなり意図的に「声らしい音色」を混ぜてリズムを奏でているように見える(※10)

 

 さて、上記の余談がかえって藪蛇になってしまう可能性があるのだが、この「アマミアンサンセット」以降Mr.no1seは、ボイパのさらなる「非言語音化」に向けて力を注ぎ始めることとなる。

 

非言語音化の追求

 

 かれは自身の運営するウェブサイトで「このころからボイスパーカッションと言うものを考え始めました」と振り返っている。また「海外のアカペラCDを聴き漁った」「声のドラムだと、コーラスとバッティングしたとき耳障りになってしまったりしますが、よりリアルになればそんな心配はなくなる」と記述。ボイパの音楽性を追求する態度が見えてくる(※11)。 まさにその言葉通り、次に参加したシングル「Last Kiss For You」(1994)のカップリング曲「Mambo Cha Cha Baby」では、より声らしさの後退した音色を披露している(※12)

 

 さらにその後発表されたアルバム「NAMTOM-DO」(1995)では、非常に音楽性の高いMr.no1seのボイパを聴くことができる(※13)

  このアルバムは、全体を通してラップやループが積極的に取り入れられており、同時期に大流行した「J−RAP的」なポップさが滲み出た、アカペラ・コーラス史的にも印象的な一枚となっているように思える。全体としては打ち込みによるビートが中心で、Mr.no1seのボイパは、アクセントのようなかたちで効果的に使われていることが多い。

 この中で、8曲目の「愛の伝道師 Mr.BASSMAN」では全体を通してボイパのみでビートが構成されている。特に間奏部分では、ドラム表現以外の効果音がふんだんに盛り込んでおり、アカペラ的なボイスパーカッション表現というより、むしろヒューマンビートボックス的なアプローチに聴こえる。また7曲目の「MORNING NOISE」はMr.no1seによるボイパを含めた直接的模倣音のみでつくられており、ボイパ史的にも非常に先進的で画期的なトラックだと思われる。

 

 アルバム「NAMTOM-DO」の中で私がとりわけ注目するのが、3曲目の「DO NOT TELL NO?〜ホント嘘みたい・・・〜」である。ダンスクラブを舞台にした男女の恋模様がR&B調の曲で描かれており、代わる代わる登場するリードボーカルやラップ、セリフなど、「DO NOT TELL NO?(=どうなってるの?)」という遊び心のある題名が示すように、全体を通してやや躁的な明るさがあるトラックだ。

 間奏部分にはメンバーによる、「クラブで交わされる会話」をイメージしたものと思われるセリフが次々に登場する。女性メンバーのKEICOが「ねえノイズ、何かおもしろい音出してよ」というセリフを発し、それに答える形で、Mr.no1seがピストル音や爆発音を次々と披露。さらにそれを受け、KEICOが「ノイズの喉ってどうなってるの」という感嘆の声をあげるのだ。

 このKEICOの反応こそ、本項の冒頭に私が挙げた「音楽性に対する評価以前の、もっと直感的な反応」そのものではないか。私にはこの間奏部分が、ボイパがその後20年をかけて音楽性を獲得していく歴史にあって、なくてはならないものだったのではないかと思えて仕方がない。

 ボイパをいち早くアカペラに取り入れた先駆者たちによる戸惑いの発露のようにも見えるし、ボイパが一発芸的なものとしてしか見られていない世の中をメタ視点的に自嘲しているようにも見える。またあるいは、これから音楽表現のひとつとして構築していこうとする決意を示すかのようなシーンのようにも、私には見えるのである。

 

受け継がれる意志

 

 ‎このアルバムの後、「君と熱帯夜」というシングルへの参加を経て、Mr.no1seは柳屋クインテットを脱退。その後、これも経緯は不明だが男声アカペラグループ「Vocal 7th Beat」に参加することとなる。

 

 Vocal 7th Beatは新潟県を拠点に96年に結成したグループである(※14)。2002年に解散したものの現在でもファンが多い。黎明期のRAG FAIRのメンバーがライブを見に行ったり曲をカバーしたりするなど、後進に多大な影響を与えたことでも有名だ。Mr.no1seはこのグループにヘルプとして参加し、数枚のアルバムを発表している。

 ほぼ絶版となっているため私も未聴のものが多く、手元にある4thアルバム「brillante」(2001)を通してのみしか語れないのだが、この一枚のみでも非言語音に磨きのかかったサウンドの追及をうかがい知ることができる(※15)

 多種多様な音を追求してきたMr.no1seならではと言えよう、それぞれの曲調に合わせて音色を変化させる技術は圧巻だ。例えばスネアドラムにあたる音ひとつとっても、舌の中央付近で鳴らすもの(「夢で逢えたら」)、奥で鳴らしつつ声を混ぜたもの(「final day 2 -movie-」)、歯に当てて鳴らすもの(「a little of you」「虹色の鼓動」)、唇を締めて鋭くはじくもの(「帰っておいでよ」)、唇をゆるく締めて響かせるもの(「このままそばにいて」)等々、微細な音色調整において高い技術を披露。まさに「No.1(ナンバーワン)のSE(効果音)」という芸名の由来にふさわしい名演奏である。

 

 Mr.no1seはものまねの世界でデビュー後、「非言語音による直接的模倣音」を追及する中で、日本におけるボイパシーンを開拓してきた。そしてその精神は、ボイスパーカッショニスト(Breathパフォーマー)のMaLをはじめ様々なプレイヤーに影響を与えている(※16)

 この項の最後に、MaLのツイッターでの発言を引用したい(※17)

 

 

  ふたりの間で具体的にどのようなやりとりがあったのかは、このツイートのみでは伺い知ることはできない。しかし、先駆者だからこそ直面してきた悩みや苦しみを、培ってきた技術とともにさらけ出し、MaLへと伝えたことだろう。そこには、人格そのものを互いにさらけ出したからこそ生まれる、信頼関係があったと(僭越を承知ながら)想像する(※18)

 私がそのように想像するよりどころは、Mr.no1seのウェブサイトにある。かれは自身のウェブサイトで、発音法やマイクの選定法、イコライザの設定に至るまでを、隠すことなく紹介しているのだ。長い期間をかけ、悩み抜いた末に磨かれてきた技術であるにも関わらず。

 

 技術を自分ひとりのものとせず、積極的に伝えていく精神性は、のちのボイパプレイヤーにも脈々と受け継がれているように思える。そしてその精神性こそが、メディアや通信技術の発展と相まって、のちの爆発的なボイパ普及につながっているように、私には感じるのである。

 

※1…「非言語音による直接的模倣音」・・・河本洋一教授(札幌国際大学短期大学部)の論文「ヒューマンビートボックスの可能性についての一考察」における定義を引用。当サイト「はじめに」で詳述。

※2…上野鈴本演芸場のホームページを参照(http://www.rakugo.or.jp/oboegaki20.html)。2018年3月9日閲覧。

※3…ニコニコ動画内「物真似「ものまね動物園」初代江戸家猫八」を参照。初代江戸家猫八氏が鶏や家畜動物等の鳴き真似を順に披露していく様子を聞くことができる。

※4…Youtubeより桜井長一郎「声帯模写」

※5…ケント・フリック・・・現在はラジオDJとして活躍中。テニスやボウリング、必殺仕事人などをテーマに、自然音を模写した芸をYoutubeで閲覧することができる。本論に即した見方をすれば、子どもたちの「直感的な反応」が非常に印象的だ。

※6…佐藤文則・・・別芸名:レイパー佐藤。動画では「小便をするウルトラマン」などのネタを声帯模写を活用しながら披露している。少年期の私の脳裏に楽しくもうしろめたい記憶として刻み込まれている。

※7…Youtube「Mr.No1se Stage in Aichi EXPO」。ボイパをはじめ様々な模倣音でパフォーマンスし会場を沸かす姿が印象的だ。

※8…MBC南日本放送「#172 奄美大島ふるさとWEEK」を参照(https://blogs.mbc.co.jp/doo-wop/323/)。2018年3月10日閲覧。

※9…「アマミアン・サンセット」(TDK RECORDS)写真は筆者所有。奄美にあるじっさいの地名と男女の恋を、空と海の鮮やかさとともに描いている名曲。ちなみにカップリング曲の「GOD BLESS YOU!」は、ロッカペラをプロデュースした幾見雅博氏が編曲をしている。

※10…かれはこの時期、整髪料で立たせたトレードマーク的な髪型をばっさりと切り、坊主になっているのだが、ボイパの独自性のようなものををうち出そうとするアーティスティックな態度と相まって非常にかっこいいのである。とくに同時期に発売されたミニアルバム「PON」(2003)は、言語音に近いボイパ表現というものが追及されている名盤だ。

※11…Mr.no1se(ミスターノイズ)オフィシャル・サイト(http://acappella.xtaro.com/)参照。2018年3月13日閲覧。

※12…「Last Kiss For You」(TDK RECORDS)画像は筆者所有。リリース名義は「Yanagiya Quintet and Mr.NO1SE」となっている。

※13…「NAMTOM-DO」(TDK RECORDS)画像は筆者所有。リリース名義は前作同様「Yanagiya Quintet and Mr.NO1SE」。13曲入。

※14…indiesmusic.com内アーティストページ(http://www.indiesmusic.com/artist/?id=4908)、mixiコミュニティ「Voxal 7th Beat」(http://mixi.jp/view_community.pl?id=289929)参照。それぞれ2018年3月13日閲覧。

※15…「brillante」(7th Planning)画像は筆者所有。

 

※16…MaL・・・ボイスパーカッショニスト/Breathパフォーマー。ボーカルエンタテインメント集団「ChuChuChuFamily」にて活動後ソロへ転身。ジャズ、ポップス、クラシック、民族音楽、和楽器等多ジャンルとの共演や、マイク二本のみのアカペラプロジェクト「Piece of Cake」など多方面で活躍中。MaL official website(http://www.malbreath.com)。2018年3月13日閲覧。

※17…MaL (Breath) (@malbeat) - Twitter,2017年12月25日ツイート。2018年3月13日閲覧。

 

※18…人格や技術をさらけ出す態度は、師弟関係の構築と暗黙知(言葉では表せない身体動作=このサイトでいうボイパ)の伝承に不可欠な要素であると考える。当サイト「ボイパ論考」内「ボイパという暗黙知をどう継承するか」にて詳しく書く。



参考

・ボイスパーカッション/ボイスパフォーマー Mr.No1se(ミスターノイズ) Official Web Site(http://acappella.xtaro.com

上野鈴本演芸場ー大道芸人上がりの江戸家猫八(http://www.rakugo.or.jp/oboegaki20.html

MBC南日本放送ー#172 奄美大島ふるさとWEEK(https://blogs.mbc.co.jp/doo-wop/323/

・エキサイトニュースー「ものまね四天王」とものまねブームの栄枯盛衰https://www.excite.co.jp/News/90s/20160707/E1467623016288.html

RAG FAIR著「RAG FAIR“RAG & PIECE”」(ソニーマガジンズ)