1.同質の情報が手に入る環境に

藤井隆太 インタビュー

――アカスピを作ったことは、大きな達成だったと思います。そしてその6年後に、一般社団法人全日本アカペラ連盟(AJAA)を立ち上げました。その理由とは何でしょう。

 

藤井:アカペラという文化は、ハモネプ以降かなり一般に定着したと思っています。みんなアカペラを知っている。あとは愛好家をどう増やすかが課題だと考えていました。文化が細分化していく中で、「いかに内輪を強化するか」が、じつは大事だと考えています。

 先ほど、アカスピの弊害として「イベントの価値が安くなった」と話しました。いろんな大学のサークルがライブハウスを利用して、イベントをするようになった。頻度が多くなれば、当然、市場価値は下がります。

 「敷居が低い」という意味で肯定的に捉えることもできますが、やっぱり一回のライブの入場料が1000円以下になっていくのは、よくはないと思います。しっかりとお金が回っている状況こそが健全です。

 

 アカペラ界には数年に一度、求心力のあるスターが現れます。そういう存在が、「お金がないから、いい機材でレコーディングできない」という状況にならないことが、アカペラシーンのために大切だと考えています。優秀なプレイヤーが経済的に潤って、いい家に住めるようにならなければならない。

 後進育成にどんどん投資する「あしながおじさん」が増えるような状況をつくらなければなりません。そしてスターがメディアに出たときに、「おれたちの〇〇が出てきた」みたいな状況を生むための準備をしていく必要があります。

 

 昨年9月にアカペラ連盟が初開催した「OZEかたしな アカペラファンタジーFES」(※9)は、まさに、アカペラで経済がめぐる状況を理想としています。あるスターが片品村で歌うからと、ファンがみんなで宿泊するような状況を作りたい。その延長線上で理想としているのは、たとえば「また今年も泊まりに来たかあ」と学生をかわいがってくれる村のおじちゃんがいたり、「歌ってくれたお礼に野菜あげちゃうよ」という農家のおばちゃんがいたりするような状況です。アカペラによって、経済的にも、人の交流的にも村に潤いをもたらせることは可能だと考えています。

 

2019年OZEかたしなアカペラファンタジーFESのフライヤー
2019年OZEかたしなアカペラファンタジーFESのフライヤー

 

――アカペラで経済を回していく状況、理想的ですね。しかし、まだまだ時間がかかりそうな印象です。いま「OZEかたしなアカペラファンタジーFES」の話が出ましたが、これまで全日本アカペラ連盟としてはどのようなことを取り組んできましたか。

 

藤井:そもそもぼくは人格者でもなんでもないので、「全日本」のような名前を冠する団体の長は、本来は、アカペラの時代を切り開いてきた人が就くべきです。

 そんななか、ぼくがやる意味があるとすれば「日本でいちばんアカペラに関する面倒くさい事務処理をしてきた」という経験と自負がある点です。しかも、副業ではなく本業で取り組んでいる。「ぼくが面倒くさいことをぜんぶやるから、みんな楽しんで」という思いがあります。そして、それがぼくにとってはめちゃめちゃ楽しいのです。

 

 具体的には、AJAAの会員となっていただいている大学アカペラサークルに、同質の情報が同じタイミングで届くような取り組みをしてきました。アカペラスキル講習や、イベント運営ノウハウの提供、機材の貸出などです。

 かつて都心と地方では、アカペラの流行に2、3年の時差がありました。これを埋めることが、アカペラ全体の活性化に欠かせないと考えています。

 

 最新の情報に触れられることがいかに大切かは、たとえば受験勉強を想像してみるとわかります。受験勉強でなにより大切なのは、模試をどんどん受けて、間違ったところを把握し、改善していくことだったりしますよね。

 しかしぼくはそんなことなどつゆ知らず、まったく模試を受けることなく、ひたすら地道な勉強をしていました。「模試が大切」という、たったそれだけの情報に触れる機会がないひとが、この世界にはたくさんいるのです。

 

 大学生のアカペラスキルは、ここ10年で信じられないほど向上しました。これもやはりYouTubeなどを介して、情報にふれる機会が多いからですぼくができるのは、YouTubeに乗ってこないような「目立たないけれど重要な情報」を共有していくことだと思います。

 

――具体的に情報共有の方法はどのようにしていますか。

 

藤井:サークル長に情報を渡し、その意味を理解してもらうところまでよく話します。学生にはその知識をフルに使ってもらいたいと思っています。今は約40校とお付き合いさせていただいていますが、今後はどんどん増やしていきたいですね。

 

 手段としては、基本的にはサークル長とのLINEです。もちろん、別のスタッフを交えたグループラインでの会話を徹底しています。個人間でのやりとりでは、さまざまな問題が発生する可能性がありますから。あくまで、「団体対団体」という立場です。ドライといえばドライですが、そのあたりを徹底することでしか信頼は得られないと考えます。

 

 これまでトラブルもありましたが、すべて自分の責任として、徹底して回収し解決へ動くようにしています。そうしないと前に進まないので。

 

――しかし、そんなだれもやりたがらないことをやるのは、人生の選択肢としては…

 

藤井:間違いですね(笑)。ぼくは普通のひとみたいに社会人を経験していないし、遅い速度で勉強している立場です。

 ただ、やっぱり自分は「捨て身タックル」のスタンスで物事に取り組める性格なので、それを活かそうと思います。じっさいに、アカスピを作り出したという自負もあるので…たまたまかもしれませんが(笑)。

 とにかく、そういう経験をさせていただけたことを、アカペラに還元したいです。それが、めちゃめちゃ楽しいです。

 

 AJAAは非営利団体なので、基本的には収益を出していません。スタッフはいま3人いますが、連盟から給料をもらっている人はいません。音響、舞台、照明などでサークルライブのサポートをして経費分をいただいているが、収入はほとんどない。

 さらに、コロナ期間は「会員からはお金を取りません」と宣言しているので身震いしているのですが(笑)。将来を見据えてがんばります。

 

AJAA作のガイドライン。団体ウェブサイトよりダウンロード可能だ。
AJAA作のガイドライン。団体ウェブサイトよりダウンロード可能だ。

 

――現在のコロナ禍においては、アカペラサークル再開に向けて大学と交渉するための材料づくりをやっていますよね。

 

藤井:とにかく、いったん練習活動を始めないと仕方がないので、発信を続けたいと思います。

 ただ、やっぱり今の大学生はとてもたいへんな時期が続くと思います。ライブが本格的に再開するのも時間がかかりますし、就職なども心配です。AJAAとして、できる限りのサポートをしていきたいと思います。たいへんな時期を乗り越えた世代は、将来めちゃくちゃ活躍すると思うので。あとは、アカペラを本業にして食っているぼくみたいな人間がいるよということを示すだけでも、選択肢が増えるんじゃないかと思います。

 

――最後に、藤井さん個人としての展望を教えて下さい!

 

藤井:YouTuberです!(笑)とはいっても、べつに何万人にバズるような動画ではありません。AJAAの会員向けに、アカスピについて語ったりとか、マイクのSHURE社が正式に出した除菌方法などの共有したりという動画です。鋭意準備中なので、期待してお待ち下さい!

 

 それと、やはりアカペラシーンをもっと密にしていきたいです。アカペラプレイヤー愛好家たちが一体となったパワーをもっと送り出したいと思っております。

※9…OZEかたしなアカペラファンタジーFES・・・2019年9月14日(土)・15日(日)に群馬県・尾瀬片品村で開催されたアカペライベント。プロアーティストやハモネプ出演者が登場。期間中はライブやストリートを無料観覧できた。ワークショップのほか、尾瀬の名産を堪能できる収穫祭ブースなども設置された。詳細はプレスリリース(http://www.ajaa.ac/oze-festival/)。