体験記1 かとうれい子感謝祭(2018年4月28日)

 リアルな体験が、論考になんとも言えない説得力や迫力を持たせることがある。

 そしてそのリアルな体験とは、珍しいケースであればあるほど望ましい。ありがちな体験やなにげない日常から真理めいたものを発見するのは、困難を極めるものだからだ。これは、ある組織に属するメンバーが、内部の問題点をなかなか見出せないことと同じである。

 だからこそ私はこれまで、できるだけ珍しいパターンでのボイパ演奏を望んできた。具体的には、様々なジャンルのアーティストとの積極的なコラボである。これまで、アカペラはもちろん、ギタリスト、ウクレレ奏者、歌謡曲や童謡の歌手といった人々とともに演奏を行ってきた。こうした体験によって、それなりに多くの知見が得られたのではないかと思っている。 

 先日私は、歌手とアコースティックギターそしてキーボードとのコラボという形で演奏した。そこでもやはり、多くの学びがあった。

 

 というわけで、私はこれから、「論考」欄の第一弾にもかからわず、ただの体験談を記すことになる。とりとめのない代物であるが、この作業を通して、今後のサイト制作のヒントとなるものを見出していければと思う。

 

 このほど参加してきたのは、昭和歌謡を中心に歌っている歌手、かとうれい子さん(※1)のコンサートである。かとうさんは今年1月から、月1度ペースで定例コンサートを戸塚公会堂(横浜市)で開催している。その4回目に、ゲストという形で演奏してきたた。

 同コンサートでは作詞・作曲家のたきのえいじさん(※2)がアコースティックギターと尺八で、また杉本バッハさん(※3)がキーボードで伴奏を行い、それに合わせてかとうさんが歌うスタイルをとっている。

 セットリストは彼女のオリジナル曲をはじめ、昭和歌謡を中心としたカバー曲、観客のリクエスト(会場全体で唄う)などによって構成されることが多い。 私はこの日、荻野目洋子さんの「ダンシングヒーロー」、かとうさんオリジナル曲の「人明かり」を伴奏した。さらに、たきのさん・杉本さんと共に、楽器による即興演奏を行った。

 当初は、プロの演奏に私のようなアマチュアが混ざってよいものかと不安だったが、結果的にはとても楽しく演奏することができた。私の演奏ミスを鮮やかにカバーし、ぐんぐんと会場や共演者を引き込み盛り上げるすばらしい演奏技術と歌唱技術のおかげである。プロとアマの決定的な差が、そこにはあった。

 

「有声音」か「無声音」か

 

 ボイパで表現するには難しい曲調がいくつかある。ユーロビート(テンポの速いダンスミュージック)や16ビートの曲はそのひとつだ。

 今回演奏した「ダンシング・ヒーロー」はそれにあたる。速いBPMの曲は、演奏が加速しがち(いわゆる「走る」状態になりがち)であるため、テンポを一定に保つ意識を徹底しながら演奏しなければならない。そして16ビートは、基調とする16分音符の音をしっかりと発音する必要がある。

 早いテンポの中で細かな音を鳴らすためには、口の筋肉を鍛えるか、力の配分を工夫しなければなけない。このところボイパ演奏を行う機会がめっきり減ってしまった私は、口の筋肉を鍛えるのが間に合わないと判断し、後者を選んだ。 具体的には、4分音符にあたるバスドラム・スネアドラムの音をある程度余力を残しながら鳴らし、16ビートを特徴づける16分音符にあたる音を際立たせようとした。

 

 ここでいう「余力を残す」というのは、発音方法とマイキング技術に関連する。 私は基本的には、唇や歯を変形させながら実際に声を発して音色を作り、マイクに乗せる「有声音」という演奏法を主としている。しかしこの曲では、声を発さず唇をはじくなどして音色を奏でる「無声音」を利用した。どちらかというと苦手な発音方法だが、速いBPMではこちらのほうが体力・筋力が温存しやすいのだ。

 「有声音」の場合、唇や歯の形を適切なポジションへしっかりと定めないと、音色が大きく崩れてしまうケースが多い。一方で「無声音」では唇や歯のポジショニングがある程度あいまいでも、一応音色として成立させることができる。口の形を大幅に変えることなく音色を作ることが可能であり、体力や筋力が温存しやすいという理由で、速いBPMには断然向いている。

 

マイクを囲うことの是非

 

 マイクでもっとも有名な特性のひとつに「近接効果」がある。マイクと音源を近づければ近づけるほど低音が響く現象だ。しっかりと近づければ、唇を軽くはじくだけでも低音がきちんと響いてくれる。マイクの収音部分(グリルボール)を手で囲めばより強い音圧を出すこともできるが、ボイパに馴染みのない会場であることや、他の楽器とのバランスが乱れることへの懸念など理由から避けた。

 ちなみに手でマイクを囲む行為については、賛否両論、様々な意見が交わされている。その主な論点は「音圧」と「ハウリング」である。

 

 前提として、手でマイクを囲めば音圧がはるかに大きくなる。そのため一人でパフォーマンスを完結させなければならないヒューマンビートボックスでは手でマイクを囲む動作が散見され、さらにそれを前提として作られる音色も様々発明されている。一方でアカペラ表現におけるボイスパーカッションは他パートとのアンサンブルが大前提であり、囲って音圧が大きくなってしまうと調和が乱れる懸念があり避けられる傾向が強い(ちなみにボイパ流行のきっかけとなったハモネプでは多くのプレイヤーがマイクを囲っている姿が見られ、その姿をまねた演奏が一時期たくさんあったことは記しておきたい)。

 ただし近年ではヒューマンビートボックス的アプローチとアカペラを融合させた表現も増えており、肯定的な意見も増えているようだ。アカペラPAで著名な野口大志さんは「ハモニポン」で以下のように語っている(※4)

 

 あくまでも演奏方法、表現方法のひとつという感じですかね。それがその楽曲とバンドに合ったものなのかはいちど考えるべきだとは思います。ひとりよがりに技術を披露するのではなく、バンドの一部であることは忘れないでくださいね…

 

 なおマイクを手で囲う奏者のひとりに、日本のボイパ先駆者の一人・北村嘉一郎さんがいる。

 かれの発音方法はとても独特だ。舌と上あごを付けた状態から口をすぼめつつ息を吐く動作(「トッ」という無声音での発声に近い)と、同じ状態から口を小さく広げつつ息を吸う動作(「タッ」という無声音での発声に近い)を非常に軽いタッチで行い、それを手で囲ったマイクで拾い音圧を高めることで強いアタックとアカペラ演奏と調和する音色を実現している(ちなみにこれを活用しているボイパ奏者はあまり見ません)。

 

 話が大きくそれた。私は今回、上記の理由などで、マイクを極力口に近づけながら低音を出し、唇を弾きながら中高音をだしつつ、ハイハットを際立たせることに注力した。方向性としては間違っていなかったが、見通しがだいぶ甘かったことを、私はすぐに知ることになる。

 

楽器の音の固さに負ける

 

 ここまではアカペラ表現におけるボイスパーカッションの基本的な考えでもあるので、そのスタンスで臨んだ。しかしじっさいに楽器と合わせると、アカペラのときとはまったぬ異なる難しさが見えてきた。

 アカペラ表現と楽器表現との最も大きな違いは、音の「固さ」であると考えている。私の勉強不足のため「固さ」以上に上手く表現する言葉が見つからないが、おそらく声では絶対に出せない高音域帯がそうさせているのだろう。バンド形態の演奏においては一般的に、ドラムがリズムやビートを作り出す中心となっているわけだが、それが実現できる最大の理由は、どの楽器にも負けない音色の固さにあると思っている。

 異論があると思うがひとまずこれを前提に話を続けると、キーボードやギターと同時に演奏した際、これらの楽器に、音色の固さという面で負けてしまうのだ。

 

 じつはこんなこともあろうかと、この日はマイクをSENNHEISER製のe935を持参した。音圧と高音域帯の強さが特徴のマイクだ(※5)(注)。しかしそれでも、楽器に埋もれてしまうのである。まして慣れない「無声音」表現ではなおさらだ。

 そして私は本番で失敗してしまった。ほかの楽器に負けないようにと、力を入れすぎてしまったのである。

 久々のステージで舞い上がったことも相まって、曲の中盤あたりでへとへとになっていたことに気付いた。後半は明らかに私だけリズムが加速しまったわけだが、キーボードの杉本バッハさんがアイコンタクトを送ってくれつつリズムとビートを先導してくれたおかげで事なきを得たというわけだ。なんとも情けない話である。

 

年配の方への普及を考える

 

 2曲目の前に私の紹介が行われた。あらためてボイパの披露を行った。会場は歌謡曲のファン層ということで、年配の方が多い。会場で問いかけたところ、ボイパを始めて生で聴いたという方が数十人単位でおり、それなりの衝撃をもって迎え入れられたようだ。そして話の流れで、ボイパの演奏方法を紹介することになった。

 「3つの楽器を覚えればボイパはできます。低い声でするどく『ボ』っと鳴らすバスドラム。舌打ちのように『ツ』と鳴らすハイハット。水とか口に含んだ状態で笑ったときのように噴き出すイメージの『プ』。これらを組み合わせて、ボ・ツ・プ・ツ・ボ・ツ・プ・ツ…みなさんご自宅で練習してみてください」

 人生で何十回と言ってきた説明文なので、もはやオートメーションで口から出てきてしまうわけだが、このセリフを吐きながら私はあることを考えていた。日本の高齢化と、音楽消費の関係についてである。

 

 音楽の主な消費者は十代の若者だというデータがあるが(※6)、地域の施設で開催されるコンサートや、カラオケスナック、歌声喫茶のような空間などに集まる高齢者の数を見ると、「ほんとうに最も大きな音楽消費者は高齢者なのではないか」という思いをどうしても禁じ得ない。

 ちなみに私は現在、地域新聞(コミュニティペーパー)の編集業に携わっているのだが、ごくローカルな場所で高齢者が音楽消費にいそしむ姿は、取材活動を通してとてもたくさん目撃してきた。あくまで肌感覚であるが、彼らの音楽に対する貪欲さは若者に引けをとることはまったくない。

 いまこそ私たちは、彼らの世代に向けて積極的にボイパを発信すべきではないだろうか。

 Youtubeなどの動画配信サイトの影響で、現在の少年少女のボイパスキルの高さは私が子どもの頃とは天と地ほどの差がある。それは素晴らしいことだが、より広く世の中にボイパを伝えていくには、大きな人口比率を締める高齢世代への浸透は、欠かせないのではないか。たとえばその方法として、誤嚥防止のためのエクササイズとしてのボイパ活用はありえないだろうか。突拍子も無い考えだが、真剣に考えてみてもよい発想だと(今のところ)思っている。

 

 また話が逸れてしまった。今回、会場の方々がボイパを試してくれたのは嬉しかった。これからもできるだけ広い世代の前で演奏していきたいと思えた瞬間であった。

 

 2曲目の「人明かり」はスローテンポであり、得意の有声音を使った。ギターとピアノと合わせるとどうしても浮いてしまわないか不安ではあったが、とにかく、かとうさんの歌声がなんとも清らかで聞き入ってしまった。ぜひ彼女の歌声を一聴してみてほしい。

 3曲目は即興セッションである。ふたりのプロの演奏についていくのに必死でほとんど覚えていないが、当初有声音だった演奏が途中から無声音になり、ところどころ有声音に戻るという無茶苦茶な内容だったと思う。

 このセッションについてはこれ以上語ることはないが、会場は確実に盛り上がった。ボイパの珍しさが、そうさせたのかもしれない。しかし、なによりも、プロミュージシャンらによる演奏力と、「ことば」が会場の盛り上がりをつくっていた。

 かれらは決して会場を煽るわけでもなく、ギャグをとばすわけでもない。だが会場のボルテージは上がり続けているのが、ステージ上からだとよくわかる。MCでの一言一言が、会場に熱気と感動をもたらしていく。すぐ近くで聞いていながら惚れ惚れした。彼らは間違いなくステージをつくっていた。

 

 尻切れとんぼとなってしまったが、今回の出演レポートはここで終えようと思う。発音方法やマイクの持ち方、マイクの種類、年配へのPR、ステージングなどに話が分散したが、それぞれ改めて詳しく論じるべき内容だと考えている。

 

※1…かとうれい子・・2004年に東京都のカラオケ大会に出場。そのとき審査員を務めた作詞・作曲家のたきのえいじさんの目に留まり、のちにスカウトされる。2009年に徳間ジャパンコミュニケーションズより「東京夜曲」でデビュー、2013年リリースの「絵はがき」はNHK「みんなのうた」2013年8月‐9月の曲として放送された。現在平成育ちながら昭和の情景を歌う歌手として活躍。在宅療養する人の家庭や福祉施設へボランティアで訪問する「歌の宅配便」を継続している。(参考:徳間ジャパンウェブサイトhttp://www.tkma.co.jp/enka_top/kato_reiko.html等)

 ※2…たきのえいじ作詞家・作曲家。1974年にあきら(「フィンガー5」メインボーカル)のソロシングル「つばさがあれば」で作詞・作曲家としてデビュー。その後伍代夏子や坂本冬美、瀬川瑛子、氷川きよし、水森かおり、麻丘めぐみ、石川さゆり、キャンディーズ、小泉今日子、香西かおり、伍代夏子、西城秀樹ら様々な歌手に楽曲を提供している。(参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/たきのえいじ

※3…杉本バッハ・幼少からピアノに親しみ「漣研太郎とピストルモンキーズ」「鈴木ミチ&杉本バッハ」等でキーボード奏者として活動。各鉄道駅の発車メロディーを即興で演奏する「発車音芸人」としても活躍している。作曲・編曲等楽曲提供を行う。(参考:http://halca-do.com/michi/main.htmhttp://sarumania.jp/member_list/bach/) 

※4…ハモニポンー野口大志さんに聞く!アカペラPAなんでもQ&A!【リハーサル編】(http://hamonipon.jp/colum/interview/taishipa1)より引用。2018年5月22日閲覧。

 ※5…アカペラの文脈では、じゃ~んずΩのボイパパート・としΩさんが愛用しているようである。旧ブログ:としΩの明日の笑顔のために(https://ameblo.jp/jarnz-toshi/entry-11982248416.html)参照。2018年5月22日閲覧。同ブログによるとボイスパーカッショニストのMalさん、教則本「ボイパ本」でも著名な渡辺悠さん、ハヤシヨシノリさん(jamzo、SMELLMAN、チン☆パラ)、Takashiさん(SOLZICK)なども使用している(していた)とされる。「アカペラグループでは浮きすぎる」という指摘がここで語られているが、前述したマイクを囲うことで生じる現象と同じ原因である。

注:(2018年5月29日)当初e935について「多くのヒューマンビートボクサーが愛用しているマイク」という文章が入っていたが、必ずしも断言できるものではないことが読者の指摘によりわかり削除した。

 ※6…MMD研究所ー1年間に音楽にお金を使った有料音楽ユーザーは61.2%、10代が74.3%で最も高い割合(https://mmdlabo.jp/investigation/detail_1669.html )参照。2018年5月22日閲覧。



参考

・歌手かとうれい子のブログ「れい子通信」ー第4回かとうれい子感謝祭(https://ameblo.jp/reikotuusin/entry-12372202210.html?frm_src=thumb_module