2.皆が歌い出すような店に

小野アヤトインタビュー

真剣な眼差しでお酒をそそぐ
真剣な眼差しでお酒をそそぐ

――アヤトさんは後年、チュチュチュファミリーに加入し、プロのボイスパーカッション奏者として活躍をはじめていきます。そこからバーの開設に至るまでどのような経緯を辿ったのでしょうか。

 

小野:2003年にチュチュチュファミリーに加入し活動をしました。

 こういうと語弊があるかもしれませんが、じつは、大学2年生くらいの段階でアカペラという演奏形態には飽きてしまっていました。「なんでみんな、アカペラに飽きないんだろうね」と不思議だった。

 

 なぜ飽きたのか。それは「即座に改良していくこと」が難しいジャンルだからだと思います。たとえば楽器と比較したとき、ギターの場合は調律さえしていれば瞬時にアレンジが変えられるけれど、アカペラの場合は「譜面を書き換える」「各人が練習する」「みなで合わせて調整する」といった具合に、アレンジの改良にはタイムラグがある。

 もちろんグループの能力が高ければ短縮はできるかもしれないけれど、楽器とは埋められない差があります。その時間差や労力が集積して、エンターテイメントの部分に十分なリソースを傾けられないんじゃないかと感じていました。エンタメで何より大事なのは、つぎつぎと工夫を重ね、どんどん改良していくことだと思っていたので。その点でチュチュチュファミリーは、工夫をかさねて、エンタメに多くの労力をかけることに成功していたと思います。

 

 そして2006年にチュチュチュファミリーはいったん解散となり、2007年くらいからフリーのミュージシャンをやりながら居酒屋でバイトをしていました。

 その頃に考えていたのが、「目の前のひとが喜んでくれてさえいれば、おれは何をやってもいい」ということでした。 居酒屋で働いていたときは、お客さんに楽しんでもらうのが単純に楽しかった。「金髪の店員のにいちゃんが今日もいる!」と声をかけてくれたり「ありがとう、ごちそうさま」と笑顔で帰ってくれれば、それがいちばん幸せ。ボイパをつかったエンタメも、飲食での仕事もなにも変わらなかった。

 そこからだんだんと「エンタメと飲食を活かした自分の場所をつくっちゃえばいいじゃん」と思うようになっていった。拠点をつくり、そこから音楽の発信をしつつ、お客さんと交流できるような場所があれば最高!…という感覚でした。

 

 独立を見据えて2011年には、中目黒のバーにバーテンダーとして応募しました。店をつくるにあたり、「マスターが趣味で音楽やってます」みたいな中途半端なことはしたくなかった。しっかり修行をして「音楽もお酒づくりもどちらもプロです」という店にしようと考え、中目黒では4年ほど修行を重ねました。

 

――そこから独立にこぎつけていくことになります。開店するにあたり、どのような店作りをしたいと考えたのでしょうか。

 

小野:理想は、ポルトガルなどの国でよくある景色の再現です。

 たとえば一本の坂道があり、その両側にはバーなどの飲食店が並ぶ様子を想像してほしい。すべて、オープンなかんじの小さな店で、人々がお酒を飲みながら談笑している。そこに「流し」のミュージシャンがギターを担いで現れると、店はおもむろに照明を消してロウソクに火を灯します。そして音楽が始まる。ミュージシャンだけでなく、お酒を飲んでいたひとたちがみんなで歌い出す。曲が終わると大盛り上がり。人々はうれしくなり、お捻りを出す。ミュージシャンは次の店に行き、そこでも盛り上がる――。

 こんな景色が再現できるような店が理想かなと思っています。ミュージシャンも、酒を飲んでいる人もいきなり歌い出したりするような店。本気で心の底から音楽を楽しんで、一緒に歌うことを恥ずかしいと思わないような店です。

 

 このような理想はありますが、なかなか難しい面もあります。まず日本人はそういう文化に慣れていない(笑)。そしてやっぱり店の家賃は稼がなければならないので、お客さんにチャージ(飲み物代)をしっかりいただくしかない。ほんとうは「お客さんにどんどん安価で飲んでもらって、出演者にギャラが出ればいいかな」くらいの感覚ですが、それでは経営的には難しい面があります。

 

 うちの店は一般的なライブハウスと一緒で、「演奏したい」というアーティストがみずからお客さんを呼んでくるかたちでライブが行われます。店の広さの関係もありドラムセットが置けないので、ギターやピアノを中心とした、アコースティックな形式のミュージシャンが多い。

 しかしアコースティックでも、パーカッションが効いたノリのいい曲やりたくなることもあるじゃないですか。そんなときにボイパの存在が便利なんです。ぼくがパッとマイクを持って合わせればいい。

 

――このとき、まるでタイミングを見計らったかのように、聞き慣れたベースラインが店の中で流れ出した。ベーシストによるおもむろな演奏に、脇にいたギタリストがメロディを乗せはじめる。さらに先ほどまでカウンターに立っていた小野がステージ袖に立ち、マイク片手にリズムを奏でだした。スティービー・ワンダーの「Isn't She Lovely?」だ。

 曲が終わると歓声が鳴った。インタビューに夢中になっているあいだに、来店者が増えている。その後も、連続して行われていくセッション。「ボーカル教室に通っている」という男性が歌う。エド・シーラン「Shape of You」 、ミスター・ビッグ「Be With You」…演奏が終わるたびに送られるのは、惜しみない拍手と歓声だ。

 筆者も僭越ながらブルーノ・マーズ「Just The Way You Are」のセッションに、ボイスパーカッションで参加。曲を終えると、おおきな歓声がわが身を包んだ。