HIKAKINの夢

 新潟県から夢を描いて上京したひとりの青年の人生は、ひとつ動画によって大きく変わった。「Super Mario Beatbox」と銘打たれたその2分20秒の動画は、文字通り「スーパーマリオ」シリーズの音楽をボイパ(※1)によって奏でるといった趣旨の映像だ。

 動画内でマイクを前に演奏する青年の名はHIKAKIN(ヒカキン)。のちにエアロスミスやアリアナ・グランデをはじめ世界的アーティストとの共演を果たし、2018年現在は「ユーチューバー」として、小学生を中心とした世代から圧倒的な人気を集めている。本章は、かれの物語である。

 

世界中の脳内で躍動する「マリオ」

 

 HIKAKINがみずからYouTubeに投稿した「Super Mario Beatbox」は、米国Yahoo!のトップページで紹介されたことを機に爆発的に再生数を伸ばすこととなる。その後米国最大の放送局CBSのトップニュースでも取り上げられたことも背中を押し一週間で100万、二週間で200万とたいへんな伸び幅で再生を重ねていった。累計再生数は2018年10月現在、4,350万回を超えており、YouTube内のボイパ関連の動画を見ても世界6番目に位置している(※2)

 画としては、HIKAKINがマイクの前に立って演奏する姿が映されるのみである。ボイパの技術をみれば、音色づくりや構成などはたしかに高度なレベルではあるが、本場米国のヒューマンビートボクサーを圧倒するほどかといえば、必ずしもそうとは言えない。

 それではなぜこれほどまでにこの動画は「ウケた」のか。結論を先に言おう。この演奏は、声楽表現でないにもかかわらず、身体のみによる演奏(つまり「身体楽」(※2))によって世界中の人の頭の中に「ある映像」を浮かび上がらせたという点で、画期的だったのだ。

 「ある映像」とはすなわち、マリオの躍動である。

 

 どのような映像が浮かび上がってくるのかは、じっさいに動画を見れば一目(一聴)瞭然なのだが、私なりの分析を加えながら解説をしてみよう。

 演奏はまず、ファミリーコンピューター「スーパーマリオブラザーズ」のゆったりとしたメインBGMから始まる。ハミングと、唇をつかったビートによって刻まれるメロディは、視聴者に対してあまりにも有名な「1‐1ステージ」を想起させ、またときおり挿入される「マリオジャンプ」の効果音がいっそう想像力をかき立たせる。

 そして土管に入る際の効果音を機に、地下を進む「1‐2」ステージのBGMへ。「喉ベース」と呼ばれる重低音表現の技術により、あの暗くじめじめした独特の雰囲気が表現される。その後演奏は一転、スーパーファミコン「スーパーマリオワールド」のメインBGMへ。先ほどまで流れていた地下の重々しさとは対照的ともいうべき雄大で明るい曲は、視聴者をして、空を駆けるマントマリオを操作する際の開放感を思い起こさせるのである。

 次の瞬間に鳴らされるのが、タイムが残り100を切る時の「警告音」だ。そこからタイムオーバー間際のテンポの速いBGMが、ハミングと高速のクリックロール(舌を使った打楽器表現)によって表現され、視聴者は焦りを思い出す。そして突如、タイムオーバーがやってくる。「マンマミーア」という、あのひげおやじの悲痛な叫びと共に、演奏は幕を下ろす。

 

 世界中で空前のブームを作り出した「スーパーマリオ」は、国を超えた共通知識といっても過言ではない。HIKAKINはその共通知識を十二分に活用し、マリオが横スクロールの世界を縦横無尽にかけまわる姿を、身体ひとつで表現したのである。それも、歌詞などの表現がないかたちで。本論の趣旨に即して言えば、「本来そこに見えないもの」を見せるための媒介を担ったと言ってもいい(※4)。あるいは当時ヒップホップ表現が多かったヒューマンビートボックスのジャンルに、どこまでもポップなゲーム音楽を持ち込んだという意味で、「ジャンルの媒介者」的な働きをしたとも言える。

 

 なぜHIKAKINはこの動画を生み出し得たのか。かれのボイパとの出会いを追いながら考えてみたいと思う。

 

おっくん、AFRAとの出会い

 

 HIKAKINは新潟県妙高市に生まれる。ボイパを始めたのは小学6年生の頃で、「ハモネプでRAGFAIRのおっくん(筆者注、奥村政佳)のボイパを見たのがきっかけ」と振り返る(※5)

 素朴な感動から練習をはじめた彼が本格的にのめりこむ契機となったのは、ヒューマンビートボクサーのAFRA(アフラ)(※5)による演奏だった。富士ゼロックス株式会社によるテレビCMで、AFRAは30秒のソロ演奏を行っている。

 2004年2月から開始されたこのCMは、単身渡米して培ったヒューマンビートボックス文化を輸入し、初めて日本中に知らしめたという意味でボイパの歴史上でも最重要事項のひとつであるわけだが、ともかくHIKAKINはこのCMによって人生が変わるような衝撃をうけたという。同社のWEBページでは、AFRAを起用した理由を下記のように説明している。

 

 今回のテレビCMでは、彼の発する多彩な音を当社新商品の持つ多彩な機能の一つ一つに重ねあわせ、またリズム感のある調和の取れた演奏とそれを初めて目の当たりにする新鮮な驚きを、複数のことを同時に処理でき業務の生産性を意識した新しいコンセプトの商品のイメージに重ねて訴求しております。

富士セロックス:テレビCMイメージキャラクターに“AFRA”起用(https://www.fujixerox.co.jp/company/news/release/2004/0206_afra.html

 

 

 まさに「初めて目の当たりにする新鮮な驚き」を感じ、これまで「遊び」だったボイパにたいして真剣に打ち込むようになったのだ。

 HIKAKINはヒューマンビートボクサーとして生きていくことを心に決め、高校の頃には県内でライブ活動を開始。これに前後し、YouTubeの存在を知ることになる。

 かれがYouTubeを知る契機となったのは、アカペラやボイパの録音音源を披露しあえる「レッツアカペラ」というサイト(※7)を通じて知り合った友人だった。その友人から送られてきたメールにYouTubeのリンクがあったという。そのサイトの自由で闊達な雰囲気に惹かれ、自分もアップすることを考え始めた。

 

YouTubeに支えられた日々

 

 高校卒業後、親からもらった2万円を握りしめ上京を果たしたHIKAKIN。東京で待っていたのは、夢追い人の物語のテンプレートとも言えるような過酷な生活だった。

 都内のあるスーパーに就職したかれは食品部門に配属され、早朝の品出しや倉庫整理などを行う。満員電車での通勤や力仕事で「店がオープンする9時にはもうクタクタ」という生活を送っていた。貯金するため食費はぎりぎりまで切り詰めた。客や上司からの叱責などもあり「正直つらかった」と振り返る毎日だったが、そんな日々を支えたのが、やはりボイパであった。YouTubeに投稿した動画の再生数が伸びたり、海外からのコメントがつくと喜び、それを日々の力に変えていたという。

 YouTubeにボイパの演奏動画をアップし始めた当初はヒップホップ的なアプローチが多かったが、徐々にポップな表現も取り入れ始めるようになった。のちのインタビューでかれは、「他のアーティストにはない自身のビートボックスの特徴は?」という質問に対し下記のように語っている。

 

 最初はビートボックス=ヒップホップと思っていました。AFRAさんやRahzelをマネしてると完全にヒップホップになってしまいますからね。上京してクラブでパフォーマンスをしていくうちに、日本人にも聞きやすい音源の方が受け入れやすいんじゃないかなと思い、スーパーマリオブラザーズやAKB48といった、お茶の間で流れるような誰もが口ずさめる音を取り入れるようになりました。

WWD Japan「ヒカキンがファッション界に興味津々!?トップユーチューバーが語る

今後の展開」(https://www.wwdjapan.com/10243

 

 そして高校卒業から3年後にその日はやって来る。2010年6月17日にアップした「Super Mario Beatbox」が大ヒットしたのだ。

 驚異的な再生数の伸びに、テレビ局も注目するようになる。この年の8月にはかれがボイパをはじめるきっかけだった「ハモネプ」に出演。番組内での企画「ボイパ日本一決定戦」に出場し、109人のエントリーの中から勝ち残り準優勝を果たした(※8)。こうしたテレビ番組への出演も重なり、コンスタントに再生数を稼いでいくことになる。

 HIKAKINはテレビのバラエティー番組というポップの極点ともいえるコンテンツ(ハモネプ)にきっかけを得た。本場直輸入のヒューマンビートボックス演奏(AFRA)を見ることでその歩みを確信し技術を磨いた。そしてYouTubeと出会った。日々の生活の苦しさも相まって「人に聴いてもらいたい」に関する切実な思いを持っており、だからこそ生み出されたのがマリオというポップな表現でもあった。ポップに始まり、本場を経由してポップに戻ってきたのである。こうした経緯が、のちにポップ音楽をヒューマンビートボックスで表現した「Super Mario Beatbox」を生み出す土壌となったように思えるのだ。

 

「ユーチューバー」へ

 

 テレビでの紹介も相まって投稿動画の再生数をコンスタントに稼ぐようになったHIKAKINは、さらにその数を伸ばそうと、様々な工夫を凝らすようになる。モチベーションの根底にあったのは、「YouTubeで生きていく」という思いだ。

 「Super Mario Beatbox」のヒットからちょうど1年後の2011年6月、国内で行われた「YouTubeパートナーフォーラム」でHIKAKINは米国の女性ユーチューバー、ミシェル・ファン(※9)の演説を聞く。

 

 今、私は自由で、望んだ通りの生活をしています。(中略)大好きなことを、時間にも場所にもとらわれず、心から楽しんですることで、それが立派な『仕事』になるのって、最高に幸せ!私の夢は、YouTubeでかないました。

HIKAKIN著「僕の仕事はYouTube」ミシェル・ファン発言部分抜粋

 

 日々の生活に苦しんでいたHIKAKINは、かれと年齢のほぼ変わらないファンのこの言葉に、心を奪われた。「YouTubeで生きていく」ことを誓い、動画投稿も本格的になっていった。

 ここで再度「まじめ」と「ふまじめ」の議論に戻ってみよう。HIKAKINの経歴を見れば見るほど、「まじめ」「ふまじめ」の間を行ったり来たりするような生き方をしているように見えるのだ。

 かれはこのYouTubeパートナーフォーラムのあと、「YouTubeパートナーマネージャー」の佐藤友浩に相談を持ち掛ける。のちにユーチューバーになる背中を押した人物でもある佐藤はHIKAKINについて「とにかく研究熱心でまじめ。忠実にそのテクニックを学び、どんどん自分なりのアレンジも加えていきました」とHIKAKIN著「僕の仕事はYouTube」の中で評している(※10)。HIKAKINはこのほかにも、有名ユーチューバーのタイトルやサムネイルなどの編集スキルを真似していった。

 この徹底して「まじめ」な研究から生み出されたコンテンツこそが、現在メインチャンネルとなっている「HikakinTV」である。当初は日々の記録を残すブログというコンセプトで開設(※11)。乳酸菌飲料の「ピルクル」の商品紹介(※12、※13)を皮切りにボイパを積極的に取り入れながらこれまでのファンを意識しつつ、海外ファンを意識し英語を多用していた(※13)。しかし徐々に「ふまじめさ」が際立つようになってっていく。その主たるものが「変顔」だ。お笑い芸人のようなおどけた顔を多用し、テンポの良いコメディタッチな進行によって行われる商品紹介によって人気を集めていく。

 そうして3ヶ月後にYouTubeからの収入が会社員の給料を超えた。さらに2ヶ月後の2011年12月には、チャンネル登録者数日本一を達成する。それを機に会社を退職。念願のユーチューバーとしての道を進み始めることとなる。

 

 2018年時点でのかれの人気は不動のものとなった。2018年4月3日付の新潟日報こども新聞上で発表された、小学生向けアンケートによる「友だちになりたい有名人」ランキングで1位になっている。

 子どもからの人気を支えるのは、ほかでもないかれの「まじめ」なイメージである。つまり親が「HIKAKINの動画なら子どもに見せても良い」と思わせていることが決定的に重要なのだ。

 かれは番組中にけっして汚い言葉を使わないことを徹底していると著書に記している。またスポンサーの依頼による動画作成の際は「この動画は○○とのタイアップ企画です」と必ず冒頭で一言入れることで、報酬を得て作られた動画かどうか示している(いわゆる「ステマ」をしないことを徹底している)ということだ。かれのイメージの良さは、テレビ番組をはじめ、ソフトバンク、ミクシィ、バンダイナムコエンターテインメント、大正製薬など名だたる大企業のテレビコマーシャルに出演しているという事実によって証明することができるだろう。

 

プレゼント企画と寄付呼びかけ

 

 2017年7月、九州を豪雨が襲った。「平成29年7月九州北部豪雨」と呼ばれたこの災害によって80人もの尊い命が犠牲になった。この災害時に注目されたもののひとつが「Yahoo!基金」である。ヤフージャパンのトップページより比較的かんたんな手続きで募金ができるシステムであり、述べ12万人より約5900万円が集まった。

 この基金の存在をひろめる大きな役割を果たしたのがHIKAKINであった。2017年7月29日に公開された動画(※15)では、豪雨被害の現状を伝えつつ、自身も100万円を募金した領収書を提示。さらに、ヤフージャパンのトップページより募金ができるシステムについて紹介した。HIKAKINは動画内こう語る。

 

 ぼくひとりの100万円というのはちっぽけなもので、多くのみなさんからの1円の方がずっとすごいパワーがあります。(中略)1円でも100円でもよければぼくと一緒に募金しましょう!

 HikakinTV「ヒカキンと一緒に九州北部豪雨の募金しませんか?【拡散希望】」

 

 このHIKAKINの行動の最大のポイントは、前日に配信した動画である(※16)。かれはこの動画で、当時人気絶頂かつ入手困難だったニンテンドースイッチスプラトゥーン2セットのプレゼント企画を行っているのだ。プレゼントの応募条件は「チャンネル登録および動画の更新通知ONすること」。

 そして翌日に募金を呼び掛ける動画を投稿した。つまり、前日のうちにより多くの人に更新通知が届くようにし、そのうえで、募金を呼びかける動画を投稿した…と考えられるのだ。

 この行動には一部ネット界隈から賞賛の声が送られた(※17)。実際の意図は不明だが、これが視聴者を募金活動へと誘う「作戦」だとすれば、一見「ふまじめ」に見えるゲームプレゼント動画と、どこまでも「まじめ」な募金を、見事につなげてみせた行動であるといえる。

 

 HIKAKINによるこうした呼びかけは一度きりのことではない。翌年の2018年7月には全国的な豪雨被害が発生(「平成30年7月豪雨」)。この異常気象によって、200人を超える死者・行方不明者、2万棟を超える全半壊など多大な被害がもたらされた。かれはこのときも、ヤフーからの募金を呼びかける動画を投稿(※18)。自身も100万円を寄付するとともに「僕1人が100万円募金するよりも今見てくださっている皆さんの100円のほうがずっとずっとすごいパワーをもっています」というメッセージを送っている。

 livedoorニュースによると、HIKAKINが動画投稿した7月9日時点では「寄付金およそ7987万円、寄付人数11万250人」だったのが、翌日10日時点で「寄付金およそ2億1900万円、寄付人数は27万人に増加」したという(※19)。もちろん当時はTwitterを中心とした呼びかけも見られたため、かれの影響のみによる伸びと断ずることはできないが、それでも400万回近い再生回数を見れば、一定以上の影響力があったことだろうと推察できる。

 

言葉を超える「ボイパ」

 

 さて話題をボイパに戻そう。HIKAKINの活躍で見逃せないのが、様々なアーティストとのコラボ動画である。国内外のヒューマンビートボクサーをはじめ、ラッパー、DJ、口笛演奏家など活動初期から積極的なコラボを展開することによって、着実にコンテンツ力をつけていった。

 かれのコラボ演奏のなかでとりわけ有名なのが、エアロスミスのコンサートへの出演だ(※20)。大観衆のなかまったく物怖じせず約1分間の独演を行い、「Walk This Way」へとつないでいく姿はなんど見てもしびれるものがある。新潟県から上京した若者が、貧乏生活を乗り越え夢をつかみ、このような大歓声に包まれる姿は感動を禁じ得ない。

 そのほかにもSMAPをはじめとした様々な国内アーティスト、アリアナ・グランデやニーヨといった世界的アーティストとのコラボも果たすなど、ボイパを武器に道を切り開いていった。ここまで読んだ読者には察しがつくことと思うが、これだけハイペースに様々なジャンルのアーティストとコラボしていけるのは、やはりボイパの「媒介力」すなわち、どこでも演奏できることの手軽さや、驚きをもたらす表現力と密接に関係している。ボイパによってコラボを展開し、自らの可能性を飛躍させていった姿は、前章の奥村と重なる。

 

 かれがボイパの持っている価値について語ったシーンがある。YouTubeにおける効果的な発信方法として「英語」の有用性について説明しつつ、一方で「英語がダメだからって、あきらめることはありません」と述べ、下記のように語る。

 

 ビートボックスのように言葉を使わず、視覚とか音(音楽)だけで勝負できる動画を作れば、日本でも海外でも十分に通用して、全世界の人に見てもらえるし、ファンが増える可能性があるんです。

HIKAKIN著「僕の仕事はYouTube」

 

 一瞬で注目を集めつつ、言語の壁を超えて人に感動を与え、さらに自らの生き方の可能性をも拡げてくれる「ボイパ」。その奇妙で独特な技術にたいする深い感謝と愛情が、上記の一言に込められているように見える。

※1…本章でもボイパの定義を、「非言語音による直接的模倣音」かつ音楽的表現の意図で使われる演奏形態とする。文章内で「ヒューマンビートボックス」あるいは「ビートボックス」という名称がたびたび登場するが、適宜「ボイパ」と読み替えていただきたい。名称にたいする考え方については「はじめに」を参照

※2…本サイト調べ。詳細はデータベース参照。

※3…ヒューマンビートボックス研究の河本洋一教授による造語。詳細は「はじめに」参照

※4…やや話は脇道にそれるが、私はここで当サイト「ボイパの歴史」でふれた「模倣芸からボイパへ」で語ったことに戻りたいと思う。日本のボイパの系譜は「ものまね」にあるというのがこのウェブサイトにおける世界観だ。江戸屋猫八にはじまり、1980年代に大流行した「ものまねブーム」のなかで登場した声帯模写の芸人たちによる、「物語」を想起させる描写力に思いを馳せたい。「HIKAKIN」が生まれ得る土壌は、昔から日本にあったのではないだろうか。

※5…上越タウンジャーナル—ハモネプに出たHIKAKINさんは妙高市出身(https://www.joetsutj.com/articles/51734603)2018年11月14日閲覧

※6…AFRA・・・1996年にN.Y.セントラルパークで見たThe RootsのビートボクサーRahzelのパフォーマンスに衝撃を受け独学でビートボックスを始める。高校卒業後N.Y.へ単身渡米、映画「Scratch」出演や、唯一の日本人として出演したビートボックス・ドキュメンタリー映画「Breath Control」などにも出演。AFRA公式ページ(http://afra.jp/)より引用。

※7…tuneCORE JAPAN【対談】HIKAKIN & SEIKIN が語る、YouTubeへの想い。(https://www.tunecore.co.jp/news/93)より。2018年11月15日閲覧。

※8…フジテレビ「青春アカペラ甲子園全国ハモネプリーグ11」(2010年8月31日放送)。ハモネプは2008年から特別番組として復活していた。ちなみにこのときの優勝はDaichi、3位はすらぷるためであった。3人ともヒューマンビートボクサーとしてYouTubeを主戦場とし現在も活躍している。

(※9…ミシェル・ファン・・・メイクアップアーティスト。YouTubeにアップする動画の内容はメイクアップの実演が多い。決められたテーマに沿い、すっぴん状態の自らの顔にメイクを施していく動画は世界から人気を集めている。https://www.youtube.com/user/MichellePhan

※10…HIKAKIN著「僕の仕事はYouTube」

※11…HikakinTV「Hikakin's Video Blog Channel Open!!!」

※12…2018年11月にコラボ商品が開発された。HikakinTV「えっ!? ピルクルにオレがデカデカ出てるんだがwww」

※13…その後メインコンテンツとなっていく商品紹介についてかれは著書の「僕の仕事はYouTube」にて「サラリーマンの経験を生かした」という旨の説明をしている。

 

 売り場に並べる商品のラインナップを考えたり、売り手として新商品を試したり、メーカーの売り込みに対して商談したり、おすすめの商品ポップ作りをするのはけっこう得意でした」。

HIKAKIN「僕の仕事はYouTube」より

 

 ちなみにかれの場合は、前章の奥村より明確に「媒介者である」と紹介しやすい。ユーチューバーとして独立して初めての確定申告の際、職業欄には「広告仲介業」と記したそうだ。

※14…ボイパと英語が多用された初期のころに有名な「ブンブンハローYouTube」のフレーズが生まれている。

 

※15…HikakinTV「ヒカキンと一緒に九州北部豪雨の募金しませんか?【拡散希望】」

※16…HikakinTV「【プレゼント企画】ニンテンドースイッチ スプラトゥーン2セット10台10名様にプレゼント!」

※17…Livedoorニュース「ヒカキンの募金を呼びかける動画 投稿までの流れに「策士」と称賛」(http://news.livedoor.com/article/detail/13410483/)2018年11月15日閲覧。

※18…HikakinTV「【拡散希望】ヒカキンと一緒に西日本豪雨の被災地に募金しませんか?」

※19…Livedoorニュース「ヒカキンが豪雨へ寄付呼びかけ1日で16万人増 動画では寄付金7987万円」http://news.livedoor.com/article/detail/14987130/(2018年11月15日閲覧)

※20…Hikakin「Hikakin × Aerosmith × Nonstop - Walk This Way」



参考

・HIKAKIN著「僕の仕事はYouTube」(主婦と生活社)

・「ゲンロン4 幽霊的身体」(ゲンロン)

・上越タウンジャーナル—ハモネプに出たHIKAKINさんは妙高市出身(https://www.joetsutj.com/articles/51734603

富士セロックス:テレビCMイメージキャラクターに“AFRA”起用(https://www.fujixerox.co.jp/company/news/release/2004/0206_afra.html

WWD Japan「ヒカキンがファッション界に興味津々!?トップユーチューバーが語る今後の展開」(https://www.wwdjapan.com/10243

tuneCORE JAPAN【対談】HIKAKIN & SEIKIN が語る、YouTubeへの想いhttps://www.tunecore.co.jp/news/93

Livedoorニュース「ヒカキンが豪雨へ寄付呼びかけ1日で16万人増 動画では寄付金7987万円」(http://news.livedoor.com/article/detail/14987130/

ヒカキンの募金を呼びかける動画 投稿までの流れに「策士」と称賛(http://news.livedoor.com/article/detail/13410483/)